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専門家も予測がつかない「今年のインフル戦線」

専門家も予測がつかない「今年のインフル戦線」
訪日客が一因なら東京五輪で流行の懸念も

毎年、冬になると猛威を振るうインフルエンザが今年、最高気温30度を超す9月に流行入りした。果たしてこれは今年だけなのか、それとも今後、インフルは通年で流行するようになるのか。専門家も予測がつかない今年のインフル戦線を追った。

 9月20日、厚生労働省が毎週金曜に発表する全国のインフル流行状況を見た全国紙記者はびっくりしたという。「子どもの学校で、夏にもかかわらず同級生がインフルになっていたので、今年はおかしいとは思っていたが……」。

 同日発表されたのは、同月9〜15日までの各都道府県のインフル発生状況だ。1医療機関当たりの患者数が全国平均で1・17人となり、流行の目安とされる1人を超えたのである。ちなみに前年同期の数字は0・13人だ。

 厚労省の資料によると、沖縄県で50・79人と最も流行している時期並に突出していた他、長崎県で2・6人、大分県で1・57人、佐賀県で1・56人、石川県で1・21人、福岡県で1・2人、鹿児島県で1・04人と、九州地方を中心に確かに流行していたことが分かる。ウイルスの大半はA型だった。

 「インフルの流行入りは例年、12月頃。最初にA型がはやり、年明けにピークを迎える。その後、B型がはやり始めて、3月頃に流行が終息するのが一般的だ」と都内の内科医は話す。ところが、今年は9月下旬と、例年より2カ月以上早く流行が始まったのだ。

「インフルは冬に到来」は改める必要が

 再び全国紙記者の話。「最初の発表を見た時は九州、沖縄地方の一過性の流行かと思ったが、翌週(9月16〜22日分)の発表でも、患者は1医療機関当たり1・16人と前週の値を維持した(前年同期は0・14人)。しかも、東京都で1・06人になるなど10都府県で1を超え、流行が全国に広がりを見せていることが分かった」。

 都によると、同時期に学校や福祉施設などでインフルが疑われる集団発生が55件起きたという。都内の小学校に子どもを通わせる親は、「体調が悪いと早退した同級生がインフルと診断される例が相次いで、衝撃が走っている。毎年、子どもには予防接種を受けさせているが、今年はまだ受けておらず、どうしようという気持ち」と不安げに語った。

 「現在の統計方法が採られるようになった1999年以降、2009年を除き最も早い流行だ」と話すのは厚労省関係者。09〜10年シーズンは新型インフルが流行した年。米国は09年春、新型インフルが発生していることを発表し、日本では同年5月に初めて感染者が確認された。感染は11月頃ピークを迎え、その後終息していった。この時に流行したウイルスは11年に季節性インフルに変更され、現在も季節性インフルのウイルスの1種として定着している。

 「例年は気温が低く乾燥する冬場に流行るから『季節性』。暑い時期にインフルは流行しないと思い込んでいたが、今年の流行を見ているとそうともいえない」と全国紙記者は首をひねる。

 09年のように、これまで人類が感染したことのない新しいタイプのインフルウイルスが人に感染するように変異した「新型インフル」は別として、これまでにも流行したことのあるタイプのインフルはあくまで冬に流行するのが常識だった。

 「暦上は秋とはいえ、今年の9月は例年に比べて高温だった。台風も発生して多湿だったし、季節性インフルが流行する土壌としてこれまで知られてきた気候に近いとはとてもいえない」(厚労省関係者)。

インフルは世界で年間を通じて流行

 では、この異変はなぜ起きたのか。感染症に詳しい専門家の1人は「寒い乾燥した時期にインフルが流行するのは、ウイルスがその環境下で増殖しやすいというより、寒くて乾燥していると風邪を引きやすくなる人間の側に起因するのではといわれてきた」と話す。専門家によると、季節性インフルはこれまでも沖縄で通年を通じて流行するなど、年間を通じて高温な沖縄では本土と違う流行状況を示したことがあったという。

 「インフルは世界中のどこかで年間を通じて流行している。主に10月から3月は北半球、4月から9月にかけては南半球でという具合だ」と語るのは、感染症に詳しい医師。赤道周辺の熱帯、亜熱帯地域では年間を通じてインフルが発生しているという。

 医師によると、例えばインフルが流行している地域から来日した外国人から感染が広がり、季節外れに局地的に流行ることはこれまでもあったという。「9月はラグビーW杯で多くの外国人が日本を訪れており、この時期にインフルが流行している南半球からの訪日客も多い。こうした人の往来によって感染が広がった可能性がある」と医師は分析する。

 W杯開催地には福岡・熊本・大分といった九州の都市も含まれているし、W杯観戦を機に日本全国を旅行する観光客も多い。海外からの持ち込みだけでなく、警報レベルにまでインフルが流行する沖縄に行った旅行客が地元に持ち帰って流行が拡大することもあり得る。

 「今回の流行が南半球からの来日客に起因しているとすると、気になるのが来年の東京五輪だ。猛暑で熱中症が心配されるが、それに加えて海外からの観戦客によるインフルの流行も心配しないといけない」(前出の医師)。

 となると、気になるのがワクチンだ。例年、季節性インフルに対するワクチンは10月頃から出回り始める。毎年、同じワクチンを安定的に供給する他の感染症と異なり、インフルワクチンは、国立感染症研究所などがその年に流行すると予想されるウイルスの型を予測し、それに従って製薬メーカーがワクチンを製造するという行程をたどる。そのため、ワクチン製造のスケジュールを前倒しするのは難しい。

 ワクチンの効果が現れるには、接種から2週間ほどかかるとされている。例年であれば11月中旬頃までに打てば流行入りの時期に効果を期待できるが、「流行が早く始まってしまうと、予防接種が間に合わない人が多く出てしまう。今年の流行が9月に起きたのは、ワクチンを打っていない時期だったことも影響しているだろう」(医師)。予想以上の早い流行に、予防や対策が後手に回ったということだ。

 科学部記者は「温暖化によって動植物の生態系が変わることは知られているが、熱帯病と呼ばれる暑い地域で流行する病気の流行地が広がることも懸念されている。事実、マラリアを媒介する蚊の生息域はどんどん北上している」と語る。インフルに限らず、現在は熱帯地域にしかない感染症が今後、日本にも広がる恐れはある。

 このままインフルの流行が冬まで続くのか、いったんは終息するのかは分からないが、流行時期の変化が一過性でない可能性がある以上、「インフルは冬の感染症」という認識を改める必要があるかもしれない。

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