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未来の会

他医の治療の是非を問う勇気

他医の治療の是非を問う勇気

今や「一般の風邪で抗生物質は出さない」というのは、ほとんどの医師にとって常識だろう。ただ、患者さんの中には「抗生物質をお願いします」と希望する人もいる。

 メンタル科外来でも風邪の症状を訴える人への対処は行うが、「抗生物質をください」と言われると、なるべく丁寧に「風邪には効果ありませんし、逆に耐性菌というのを作ってしまうんですよ」と説明する。

 これも多くの医師にとっては当たり前のことだと思う。

患者の前で他医批判をしない“文化”

 しかし、もし患者さんがこう言ったらどうだろう。

 「先週、風邪で近所の内科に行ったら、抗生物質出してくれたんです。それがよく効いて、今はすっかり治りました」

 「治ったのだから、まあよしとしよう」と考えて、「それは良かったですね」と曖昧な言い方をするだろうか。それとも、「カゼは抗生物質では治りませんよ。なぜなら……」ときちんと説明しようとするだろうか。

 正しい態度は後者なのかもしれないが、私はこれまで前者の曖昧な態度を取りがちだった。それは「治ったのだから」というのもあるし、「その内科医、間違っていますよ」などと他医の行った治療について患者さんの前で批判するのは誰にとってもメリットはない、というある種の価値観というか“文化”に自分が身を置いているからかもしれない。

 この“文化”が身に付いているのは私だけではないようで、時々、セカンドオピニオン外来に行ってきた、という患者さんが憤慨していることがある。

 「私は、自分が最初にかかった先生の治療方針や失礼な態度に疑問があったから、わざわざセカンドオピニオンを受けに行ったんです。誰に聞いても『その先生はおかしい』という反応でした。それなのに、セカンドオピニオンの医師は『その治療でよろしいんじゃないでしょうか』『その先生もお忙しかったんですよ』とかばうようなことを言うばかり。もしかしたら知り合い同士だったのかもしれませんが、あれじゃセカンドオピニオンの意味はありませんよ!」

 そういった話を聞きながら、「自分だったら『おかしいものはおかしい』と他医をきちんと批判できるだろうか」と複雑な気持ちになった。

 その反対の話を聞いたこともある。

 ある人が旅先で急性腹症となり、地元の大病院を受診した。診察した若手医師は明らかにやる気がなさそうで、いくら症状を訴えても「食べ過ぎでしょう」と言うばかりで、検査もしない。胃腸薬を処方され、すぐに診察は終了した。

 ところが、翌日、痛みとともに高熱が出て、ついに救急車で小さな医院の外来に搬送されることになった。そこがその日の救急当番だったようだ。

 対応してくれた初老の医師は、「これは即、入院です。どうしてもっと早く来なかったの?」と言ったそうだ。そこで、本人が「昨日も受診した」と顛末を語ると、「なんだって?」と血相を変え、その場で昨日の病院に電話をかけ、若手医師を呼び出して「どうしてちゃんと診ないんだ!」と怒鳴るように注意をしたという。

「医療への信頼」を深める契機にも

 その人は「驚いたけど感動した。この先生は信頼できると思った。それだけでちょっと痛みも治まった」と言っていた。

 「すごい経験をしましたね」と返事をしながら、私はいろいろ考えた。自分にはそこまでのことができるだろうか。いや、風邪で抗生物質を出されたという話にも「そうですか」などと応じてしまうのだから、とてもその場で電話して抗議などできるわけがない。

 特に患者さんの目の前で誤診を指摘などしたら、訴訟リスクだって生じてしまう。

 それに、同業者から患者さんのいるところで怒鳴られた若手は、どれほど傷ついたことだろう。私が注意される立場だったら、「もうこの町にいたくない」と思ってしまったかもしれない。

 とはいえ、命がかかった問題だと考えれば、電話をした医師の態度は正しかったといえるだろう。

 同業者同士でかばい合うだけではなく、間違いは間違いときちんと判断して「あなたのやったことは間違っている」と伝える。

 もし若手に向上心があれば、「これからはこういうことがないよう、丁寧に診療しよう」と態度を改めるきっかけにもなる。

 そして、ここで忘れてはならないのは、患者さん本人は「感動した。この医師は信じられる」と思ったということだろう。

 「医者ってお互いかばい合って、患者には本当のことを言ってくれないんじゃないの」と医療への不信感もある中で、あくまで患者の立場に立って考え動いてくれる医師がいることで、安堵して症状が緩和されたり医療への信頼を深めたりしているのだ。

 こういう問題に正解はなく、「それぞれの場でなるべく誠実に。まずは患者さんの利益を考えて」と言うしかないのだろう。

 しかし、「その場で若手に電話をかけて注意した」というシニアドクターの話を聞いてから、私は「とにかく“事なかれ”だけはやめよう」と思うようにしている。

 例えば「抗生物質を出してもらった」と言う患者さんには、「治って良かったですね」と言いながら、「今は風邪での抗生物質、あんまり流行ってないんですよ。今度、あなたからも『先生、抗生物質は結構です』と言ってみるのも賢いかも」などとアドバイスするよう心掛けている。

 とはいえ、外来が忙しい時など、それだけの説明をする時間も取れず、「抗生物質?」と嫌な顔をしてしまったり、逆に「良かったですね」だけで済ませたりすることも相変わらずないわけではない。

 他の医師達もリスペクトしつつ、でも患者さんに最善の医療を受けてもらう。これ、簡単なようでなかなか難しい、と思う日々である。

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