後発品処方により年約3100億円の薬剤費抑制効果が
2020年度診療報酬改定まで半年となり、中央社会保険医療協議会(中医協)での議論が活発化している。19年3月に出された「2020年度診療報酬改定に向けた検討項目と進め方」には、フォーミュラリー(formulary)が盛り込まれており、焦点の1つとなっている。
フォーミュラリーとは、医薬品の有効性・安全性などの科学的根拠と経済性を総合的に評価した上で、推奨される医薬品の使用指針である。医療機関や地域ごとに、こうした使用指針を作成し、これに基づいて標準薬物治療を推進することを目指したものである。
8月末には健康保険組合連合会(健保連)が、診療報酬体系に生活習慣病治療薬のフォーミュラリーを盛り込むよう提言を出した。
健保連が、16〜18年度のレセプトデータに基づいて試算したところ、生活習慣病治療薬について、原則として後発品処方にすることで、年間で約3100億円の薬剤費抑制効果がもたらされるという。
実際に診療報酬に組み込むことを想定して、健保連ではフォーミュラリーの案を策定しており、第一推奨薬は後発品とすることを原則化し、診療ガイドラインにおいて有効性や安全性に大きな優劣が見られない薬剤については、より安価な薬剤を優先するものとしている。
日医はかかりつけ医による疾病管理を主張
これに対して、日本医師会(日医)は痛烈に批判する見解を発表している。健保連が根拠とするレセプトについて、診療報酬の請求書にすぎないとして背景が不十分だとし、かかりつけ医による適切な疾病管理こそが、薬剤費のムダの削減に繋がるものだと主張している。
日医では、薬価収載医薬品こそがナショナル・フォーミュラリーであり、これに制限を求めることは、非保険者にとって背信行為となり、診療報酬で評価すべきものでないと主張している。
フォーミュラリーの導入は、欧米で先行している。
まず、米国では、国民皆保険制度のある日本とは異なり、患者が加入している医療保険によって医薬品購入時の価格が異なっている。各保険者が製薬企業と交渉を行い、「フォーミュラリー(標準薬として使用できる医薬品リスト)」に収載する薬剤を決めているためだ。
AJHP(American Journal of Health-System Pharmacy)では08年、フォーミュラリーを「疾患の診断、予防、治療や健康増進に対して、医師をはじめとする薬剤師・他の医療従事者による臨床的な判断を表すために必要な、継続的にアップデートされる薬のリストと関連情報」と定義している。
一方、無償の医療保障制度である国民保健サービス(NHS)が提供されている英国においては、英国国民医薬品集(BNF)という、国が作成したフォーミュラリーがある。約3500品目が収載され、添付文書、ガイドライン、参考書、文献などから様々な情報の要約が記載されている。エビデンスがなく、薬剤費を支払うことができない品目についても言及されている。
さらに英国では、国立医療技術評価機構(NICE)のガイドラインにより、医療機関や地域ごとにフォーミュラリーを作成することも義務付けられている。
日本でいち早くフォーミュラリーを採用したのは、聖マリアンナ医科大学である。大学病院で9薬効群において院内フォーミュラリーを作成し運用したところ、年間で約3700万円の医療費を削減したとされる。これは、購入する医薬品が絞られることで、院内の採用薬品数の減少の効果がもたらされたためと見られている。
また、浜松医科大学でも院内フォーミュラリーを運用しており、腎機能値や重症・非重症によって推奨薬が変わるアルゴリズムを作成している。同大では、フォーミュラリーは薬剤費抑制効果をもたらすだけでなく、「質と安全性の高い薬物治療を効率的に実施」する上で必要不可欠なものと位置付けている
中医協の資料によれば、17年時点でフォーミュラリーを定めていると回答した医療機関は、まだ3.4%にすぎない(有効回答数=321)。
地域フォーミュラリーでは、全国健康保険協会(協会けんぽ)静岡支部が18年に、保険調剤薬局チェーンの日本調剤に、レセプトデータの分析とフォーミュラリー策定のための医薬品実績データの作成業務を依頼している。
日本海ヘルスケアネットの地域フォーミュラリー
全国で最初に地域フォーミュラリーの運用を開始したのは、山形県酒田市の地域医療連携推進法人「日本海ヘルスケアネット」である。日本海総合病院(634床)を運営する地方独立行政法人山形県・酒田市病院機構を核に、18年に発足した連携推進法人だ。
現在、地区の医師会、薬剤師会、歯科医師会など9法人(うち医療機関は4法人)が参加している。
地域フォーミュラリーは、法人設立の共同事業として提案された。院内フォーミュラリーと比べると、利害関係者が多いために作成のハードルは高いとされる。病院医師と医師会とで異なる意向がある場合は、調整を図らなくてはならない。地域の病院、診療所、薬局を巻き込んで協議を重ねた末、作成・運用に至っている。
フォーミュラリーの対象とした薬剤は、生活習慣病薬を中心に、プロトンポンプ阻害薬(PPI)、HMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン)、アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)、α-グルコシダーゼ阻害薬(α-GI)、ビスホスホネート製剤、バイオシミラー製剤のインフリキシマブで、今後は薬効群の追加も予定されている。
日本海総合病院では地域フォーミュラリー運用開始後、最初に導入したPPIでは、最も処方の多かったネキシウムが大幅に減少する一方、第一選択薬として推奨したランソプラゾールが急増している。また、非推奨薬を選択した際にアラートを出すようにしたところ、非推奨薬の薬剤費はさらに激減した。
地域フォーミュラリーの第一義の目的は、適切な薬物治療を推進することであり、医療費削減ではない。しかし、フォーミュラリーが適切に運用されれば、地域医療経済に貢献することが期待できる。
日本では今後、ある時期までは高齢者が増加を続け、慢性疾患を抱える患者はさらに増えると予想される。なお、医療費が増大傾向にある中で、フォーミュラリー作成は、各医療機関における薬剤費の抑制という点で一定の効果を期待できる上、国民医療費の抑制にも繋がると考えられている。中医協での今後の議論の行方を注視したい。
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