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がん予防法探す中で「間欠断食」に出会う

がん予防法探す中で「間欠断食」に出会う

青木厚(あおき・あつし)1969年長野県生まれ。2002年福井医科大学(現・福井大学医学部)卒業。長野赤十字病院、川崎市立川崎病院、自治医科大学附属さいたま医療センター勤務。10年同大大学院入学。14年同大学院で医学博士号習得。15年青木内科・リハビリテーション科開設。今年3月現在の名称に改称。


第32回 あおき内科 さいたま糖尿病クリニック院長
青木 厚/㊦

 40歳で舌がんが発覚した青木厚は、2010年11月24日に手術に臨んだ。腫瘍を中心に舌の左側の4分の1を切り取る手術は、3時間ほどで終わった。全身麻酔から覚めると、舌が動かないよう包帯でぐるぐる巻きに固定されていた。痛みはさほど感じなかったが、1週間ほど経鼻栄養に頼らざるを得なかったことが何より苦痛だった。

 ステージ1の早期発見であり、「がんは残さず取り切れ、頸部リンパ節への転移もない」と、主治医から説明を受けた。11日間の入院を終えて、12月2日に退院した。舌には痺れがあり、動かしてみると、ほんのわずかだが滑舌に影響しているような気がした。痺れは、切除した際に神経の一部が傷害されたことによるようだった。それでも、ほぼ元通りに話すことも食べることもできるようになり、勤務先である自治医科大学附属さいたま医療センター内分泌代謝科に復職。何気ない日常が戻ってくるのは、本当にうれしかった。

 一方で、同じ頃に舌がんと診断された妻の知人は、進行がん(ステージ4)だったこともあり、幼子を残して命を落としたことを知ると、がんという病の深刻さを改めて意識するようになった。青木の両親にがんの既往歴はなく健在だったが、自分はがんに罹りやすい体質なのかもしれなかった。実際に子どもの時から風邪を引きやすく、大人になっても月1回は風邪を引き、免疫力が弱いのではないかと感じていた。1度は命拾いしたが、2度とがんにはなりたくなかった。復職後、当直は外してもらったものの、診療や大学院での研究生活が再開し、多忙な日々が戻ってきた。

 自分は医師であり、不養生でがんを再発することは避けなくてはならなかった。元から喫煙習慣はないが、飲酒もスッパリやめた。趣味でのめり込んでいたマラソンは、活性酸素を過剰に産生するリスクがあるため、代わりに、腹筋や腕立て伏せなどの筋トレだけを継続して行うことにした。

オートファジー理論が予防のエビデンスに

 がんは自分の専門分野ではなかったが、何とか科学的エビデンスのある予防法を探りたかった。そこで、論文検索の「PubMed」に、「cancer(がん)」×「prevention(予防)」と入力して検索した。そこで行き当たったのが、「intermittent fasting(間欠的断食)」「autophagy(オートファジー)」というキーワードだ。

 肥満は万病のもと。カロリー摂取を控えることにより、様々な病気を遠ざけ、長寿に繋がると提唱されるようになっていた。検索した論文に目を通すと、断食が、がんの予防だけでなく、糖尿病、心血管病、さらにはアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患の予防にとっても効果的であるという。

 その科学的根拠となるのはオートファジー(細胞の自食作用)の働きだ。2016年のノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典氏の研究で知られるオートファジーとは、細胞が飢餓状態に陥った時、自らのタンパク質を分解してアミノ酸へと変える仕組みである。エネルギー源を作り出すだけでなく、自食により細胞の中の余計な物を取り除く。古くなったり壊れたりしたタンパク質や、ミトコンドリアなどの細胞内の小器官は、オートファジーにより除去されるだけでなく、これらを材料に新たなタンパク質を作る。重要なのは、オートファジーのスイッチが入るために、一定時間以上絶食して飢餓状態にさらすことが必要だった。

 これが、自身にとって最大の関心事であるがんの予防になるのはもちろん、自分が専門として日々向き合っている糖尿病の患者にも有用であることは、目を引いた。さらに40歳を過ぎ、内臓脂肪が貯まり始めた腹部が気になっていたが、ダイエットにも一役買ってくれそうだった。

 いきなり食事を絶つことはハードルが高いが、間欠的な断食でも効果が認められるという。多忙に紛れて昼食が取れず、気が付いてみれば、1日近く何も食べずに過ごしていた経験はあった。また、寝食を忘れて勉強に没頭した経験もあった。

 それを思えば、何とか乗り越えられそうな気もした。無理のない断食により、胃腸や肝臓などに休息を与えられ、脂肪が燃焼し始める、さらに血液中にケトン体が増加して状態も改善するという。

 青木は早速、自ら実験してみることにした。朝は6時頃にコーヒーを飲み、サラダを中心とした朝食を食べる。その後出勤して、午前・午後と診療を続ける。昼食は取らずに、夕食を食べるのは帰宅後、夜の10時を回ってからだ。16時間絶食を続ければ、8時間の間は何を食べてもいい。

 最初の頃は、昼時に空腹で目もくらむような思いもした。夕食までの間、唯一食べることが許されるのは無塩のナッツ類で、不飽和脂肪酸が豊富に含まれ栄養価も高い。

 1カ月、2カ月……4カ月ほどすると、空腹にも慣れてきて、ナッツをつまむ量も減った。そして、ポッコリせり出していた下腹が解消され、78cmあった腹囲は70cmに、摂取カロリー減もあって体重も落ちてきた。「健康的にダイエットができただけでなく、風邪を引くこともなくなったことで、免疫力も上がっていると実感できた」。

 病から3年後、2014年春に無事、博士号も取得できた。青木は、26歳で医学部に入り直した頃から、将来は開業して、地域医療に貢献したいと考えていた。当初は地元の長野県に帰るつもりだったが、さいたま医療センターで修行した縁を活かし、2015年に東大宮駅前に、リハビリテーション科医の妻と共に医院を開設した。

がん経験と食事療法で患者を勇気付ける

 手術から5年が過ぎようとしていた。手術後からずっと残っていた舌の痺れもほとんど気にならないようになっていた。生活習慣病の患者は増え続けていることもあり、医院の経営は軌道に乗り、青木の患者は9割以上が糖尿病だ。糖尿病は、生涯付き合っていかなくてはならない病気である。落ち込んでいる患者に対して、「生きていれば色々なことがある。実は自分もがんになって……」と話し掛けると、患者が病に向き合うモチベーションを高める効用もある。

 そして、自らも実践している間欠的断食を患者にも伝授する。ライフスタイルによって、朝食から夕食まで、あるいは夕食から翌日の昼食まで、16時間の断食と折り合いが付けられた人は、体重が減少したり、減薬に繋げられたりする人もいる。糖尿病患者は一般の人よりがんの発症率が高いことが知られているが、発がん予防にも繋がれば、なお理想的だ。2019年に『「空腹」こそ最強のクスリ』という著書を出したことで、患者以外にも効果が波及しているようだと感じる。がんの体験は、得難い物を与えてくれた。

 50歳の坂を越え、がんと向き合ってから9年が過ぎようとしている。日々治療に打ち込み、3人の子どもたちの成長を見守る。

 「喉元過ぎれば、ではないが、少し予防の意識が緩んできた気がする。それでも食習慣を維持して健康を保ち、地域の患者を支えていきたい」

 

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