〝医療界の常識〟を改めなければ解決しない問題
大学病院で患者の診察に当たりながら給与が支払われていない「無給医」が、全国の50病院に2191人いることが文部科学省の調査で分かった。これまで「労働」とみなされてこなかった医師の世界での〝丁稚奉公〟に初めてメスが入ったことで、これからこうした現状は改善に向かうことが期待される。ただ、その道程には多くの課題が横たわる。
「無給医の問題はNHKなどがかねてから取り上げてきた。当初は無給医の存在を認めなかった文科省だが、今回の調査でようやく明るみに出た。ただ、無給医かどうか精査が必要とされた医師も相当数おり、今回明らかになったのは氷山の一角だろう」と話すのは、長年医療問題を取材する業界紙記者だ。
今回「問題」とされた無給医は、大学病院などで直接患者を診察するなどの労働実態があるのに、適切な給与が支払われていない医師と歯科医師。調査対象は全国108カ所の国公私立大付属病院(99大学)の3万1801人で、昨年9月時点での給与の支払い実態や雇用契約を調べた。
「自己研鑽」「研究」とみなされ無給に
その結果、78%に当たる2万4712人には適切に給与が支払われており、残る7089人のうち約半数は研究目的で診療に従事するなど不支給には合理的な理由があると判断された。適切に給与が支払われていなかったのは調査対象の7%に当たる2191人で、50病院で確認された。このうち35病院の1440人は研究目的などの合理的理由から給与が支給されていなかったが、労働実態がみられることから今後は支払われる。残る751人(27病院)は診察ローテーションに入るなどして「労働」の実態がみられたが、合理的な理由がなく給与が支払われていなかった。今後、最大2年分遡って給与が支給されることになる。
無給医が最も多かった病院は、順天堂大順天堂医院(東京)で197人、次いで北海道大病院(北海道)で146人、東京歯科大水道橋病院(東京)で132人、岩手医科大病院(岩手)で123人、昭和大歯科病院(東京)で119人、愛知学院大歯学部病院(愛知)で118人と6病院で100人を超えた。
さらに、今回の調査で「無給医」と認定されたわけではないが、支給されていない理由を精査する必要があるとされた医師、歯科医師も7病院に1304人と相当数に上った。日本大板橋病院(東京)が321人と最多で、東大病院(同)239人、日本大歯科病院(同)211人、慶応大病院(同)200人と続いている。
「無給医の大半は、医師免許、歯科医師免許を持つ大学院生や専門医を目指す専攻医達。診療の目的が『自己研鑽』『研究』とみなされ、結果的に無給で働くことになっていた」と前出の記者は解説する。無給医の多くは「労働者」とはみなされないため、病院と雇用契約を結んでおらず、労災保険の対象とならない可能性がある。
「無給医が注目を浴びたのはここ数年のことだが、大学病院では院生が診療を手伝うのが長年の慣習だった。いわゆる日本の伝統である丁稚奉公です」と語るのは大学病院での勤務経験もある都内の開業医だ。他の理系学部なら大学院生は研究に集中して博士号取得を目指すが、医師不足に悩む大学病院では医学部の大学院生を「診療も研究のうち」として働かせることが横行してきたのだ。
「大学には診療科ごとに医局がある。教授を頂点としたピラミッド型の組織で、大学院生は医局員として医局の最下層にいる。教授は医局の人事はもちろん、医局員が博士号や専門医資格を取れるかどうかについても強い影響力を持っており、無給で働かされても文句は言えない状態だ」(開業医)という。大学院で博士号を取った医局員は、その後に大学病院や関連病院に派遣されることが多い。遠方の病院を避けるなど条件や待遇の良い病院への配置を希望する医局員としては、「診療として給与が欲しい」などと言って、教授の機嫌を損ねることは避けたい。
もっとも大学病院では無給であっても、市中の民間病院などで当直などのアルバイトをして生活を維持している若手医師は多い。アルバイト先の多くは医局から紹介される。大学病院には難しい症例や希少疾患が集まりやすく、若手が高度な医療を学び経験を積むことができる。医師としてのスキルを磨く場として大学病院で診療する意義は大きい。かくして、長年の医局の風習は「無給医」という形で綿々と続いてきたわけだ。
ただ、大学病院での診療が無給となってしまうことで研究がおろそかになったり、他の医療機関でも働いて疲れた医師がミスをして患者を危険にさらしたりする恐れはある。「本来であれば、働いて医師としての能力を高めながら博士号を取得できるのが理想だ」と大学病院関係者は語る。
給与出せる医師数が限られている現実
ではなぜ、「無給医」の悪しき風習が続いているのか。前出の大学病院関係者は「大学は教員の定数が決まっており、給料を出せる医師の数が限られている」と明かす。多くの医療機関は赤字体質に陥っているが、医療の値段は公定価格であり勝手に上げるわけにはいかない。もっとも無給医が診療に携わった場合でも患者からは通常の診療報酬を受け取っているわけで、大学病院が〝ピンハネ〟しているといわれても仕方がない。全ての大学病院に無給医がいるわけではないことからも、早期の改善が必要だ。
実際に改善された大学もある。高知大付属病院では2004年から、診療を行う大学院生と個別に雇用契約を結んで規定の給与を支払っているという。また、山形大付属病院の嘉山孝正氏はNHKの取材に、院内のコストカットを進めながら収益力を向上させることで人件費を捻出し無給医をなくしたと明かした。その上で、大学病院の経営のためにも現状のままの診療報酬でいいかどうか疑問も投げ掛けた。とはいえ、診療報酬の問題は一朝一夕で解決する問題ではない。
若手の〝医局離れ〟が進む中、長年の悪習を改善し、魅力ある働き場所としての医局を作ることは急務だ。診療に従事する大学院生と雇用契約を結び、働き手として待遇を良くしていけば、質の良い若手が集まることにもなる。
ある医学部教授は「我々世代と今の若手では考え方が全く異なる。自分達もそうだったからという考えは通用しない。無給医の問題に限らず、最近は若手と感覚の差を感じることが多くなってきた」とこぼす。厚労省関係者も「医師たるもの、24時間365日患者に尽くすものという考えは通用しない。医師であっても一人の労働者で、雇用する側は法律を守り、長時間労働を改めていく必要がある」と語る。
医師は労働者。医療界の常識を改めなければ、無給医問題は解決しない。
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