SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

高薬価対策としての「アカデミア医薬品」

高薬価対策としての「アカデミア医薬品」
低コスト・低薬価で国民皆保険を維持する一助に

ノバルティスファーマ(スイス)が開発した血液がん治療製剤「キムリア」に約3350万円の価格が付くなど、高額薬に対する費用対効果や薬剤費高騰が問題視されている中、名古屋大学名誉教授で名古屋小児がん基金理事長を務める小島勢二氏は「アカデミアによる低コスト、低価格の新薬開発」を提唱している。東京・新宿の全国保険医団体連合会でこのほど開かれたマスコミ懇談会で話を聞いた。

 小島氏の専門分野は小児血液腫瘍学、造血幹細胞移植。名古屋大学医学部附属病院などで難治性血液病や小児がん患者の診療に従事。名大退官後の2016年、中心になって同基金を設立。名大小児科が臨床試験を進める免疫療法CAR–T細胞療法などの研究や治療を側面から支えている。

 小児がんの中でも急性リンパ性白血病は最も患者数が多く、死亡者数も多い。必要とされる新規治療法の中で最も有望と思われるのがCAR–T細胞療法だ。これは、患者から分離したT細胞に白血病細胞の表面にある目印を認識する遺伝子を導入。このT細胞を体外で培養増幅した後、患者に戻す治療法だ。

 米国で2012年に、急性リンパ性白血病が再発、治療手段がないと宣告された患者がCAR–T細胞療法で救命されたことが報道された。翌年、小島氏が担当していた乳児白血病患者の女児が臍帯血移植を受けたものの再発、小島氏は治癒が望めないことを家族に伝えたところ、家族は米国でCAR–T細胞療法を受けたいと申し出た。

米1億5000万円に対し中国100万円

 小島氏は引き受けてくれる米国の病院を見つけたが、前金として1億5000万円が必要とのことだった。家族は家を売却して5000万円を用意、募金活動で1億円の寄付が寄せられ、渡米準備が整った。しかし、直前になって病院から引き受けられないとの連絡があり、女児は間もなく亡くなった。この経験から小島氏は名大でCAR–T細胞療法を開発しなければいけないと考えるようになった。

 小島氏は2014年、中国・北京の小児病院に招待され、講演を行う機会があった。学会のプログラムにCAR–T細胞療法の演題が記載されていた。中国では既にCAR–T細胞療法の臨床研究を行っていたのだ。病院側にCAR–T製剤の値段を聞いたところ、小児用で30万円、大人でも60万円だった。米国との価格差の理由を尋ねると、自院で開発したのでパテント料がかからないから、とのことだった。その後、小島氏は名大病院から4人の白血病患者を北京の小児病院に送りCAR–T細胞療法を受けてもらったが、現在、4人とも元気で、CAR–T製剤に支払った費用は1人当たり100万円だったという。

 CAR–T製剤のキムリアは今年5月に保険適用となり白血病の患者や家族には朗報だったが、薬価は約3350万円と高額で、小島氏は「保険財政への負担が心配」と話す。中国では100万円で入手できることを知っているだけに、高額な薬価に対する疑問が起きた。

 キムリアは原価計算方式で薬価が算定されたが、①製品総原価②営業利益③流通経費④消費税に補正加算が付いた。補正加算は総原価に含まれる原材料費や研究開発費の情報公開の程度に応じて増減される。80%以上なら45%が上乗せされるが、50%未満なら8割減額される。キムリアは情報公開すれば1380万円が上乗せされるのに、227万円の加算に甘んじた。「1000万円以上失っても製薬会社が守ろうとした秘密とは何か」と小島氏は問う。

 再生医療に関わる企業が参加する再生医療イノベーションフォーラムの医療経済部会で論じられた、遺伝子再生医療製剤に適用される原価の特性によると、技術ライセンス料や細胞培養センター(CPC)建設費が企業にとって開示をためらう項目と思われる。

 キムリアは米ペンシルバニア大学が開発した製剤を、ノバルティスがパテント料を払って譲り受けたもので、その額は1000億円に達すると噂されている。小島氏は「パテント料や創薬ベンチャーの買収費用が薬価に反映されているのでは」と推測する。しかし、CAR–Tのような細胞製剤や遺伝子治療薬は低分子薬や抗体製剤と異なり大学で最終製品まで製造することができる。CAR–T細胞の製造は手作業で手間がかかるので高額になると説明されているが、既に自動CAR–T製造装置が発売されており、細胞と試薬を入れると細胞分離、遺伝子導入、培養が自動的に行われ、1週間後にはCAR–T細胞を作ることができる。

 名大は既にこの装置を所有。遺伝子導入に際しては、ウイルスベクター(遺伝子を細胞内に運ぶウイルス)を用いない簡便な方法も開発し、特許出願している。また、免疫不全マウスを用いた動物実験でも十分な抗腫瘍効果を得て、今年1月には臨床試験を始めた。CAR–T細胞を製造した場合の原価計算をしてみると、パテント料、無菌室の建設費はかからないので、必要なのは原材料費と製造経費のみで、200万円で済む。

世界一高い2億円の遺伝子治療薬も登場

 小島氏は高額薬に関し「もっと深刻な事態が進行している」と指摘する。ノバルティスが発売予定の脊髄性筋萎縮症の遺伝子治療薬を米国の小児病院が開発、担当した研究者がベンチャーを設立した。ノバルティスはベンチャーを90億ドル(約1兆円)で買収し、薬価には世界一高い2億円が設定された。「遺伝子治療が金儲けのネタになってきた」と小島氏。

 遺伝子治療の臨床研究の登録数は米国が圧倒的に多く、フランス、イギリス、中国が続き、日本は韓国や台湾にも遅れをとっている。武田薬品が約6兆円でシャイアーを買収したのも、血友病に対する遺伝子治療のパイプラインが魅力的だったのではないかと、小島氏は推測する。

 一方、アカデミアや患者団体による遺伝子治療の開発もみられる。米国の小児病院は筋ジストロフィー協会の支援を得て筋ジストロフィーの遺伝子治療を開発している。中国・深圳の研究所は免疫不全症や神経変性疾患、血友病など様々な疾患に対しレンチウイルスベクター(非分裂細胞にも遺伝子を導入できる多様性ベクター)を開発、臨床研究を行っている。

 日本の医師の半数は、薬剤の高額化のために国民皆保険の維持は困難と考えている。米国における小児再生不良性貧血の研究では、保険がなく、自費診療の患者は保険診療の患者と比べて6倍死亡リスクが高いという調査結果も出ている。そこで、小島氏は高額バイオ医薬品に対し①アカデミア医薬品を開発する②先進医療Bを適用する③製剤ではなく技術料として申請する——を提案。また、先進医療を行う各地の中核拠点を束ねる情報管理センター的な組織の新設も必要という。小島氏は「懸念しているのは経済的な理由で命が選別される未来が来ること。皆保険制度を孫の世代まで残すことは皆保険の恩恵を享受している私達世代の責務」と述べた。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top