安倍首相との関係テコに社保改革を乗り切る目論見も
「医療界を取り巻く環境は非常に厳しいものがあります。今回は各種医療団体から多くの方が立候補しています。その中で何が何でも医療界の議員としてトップ当選させないといけません」
7月4日の参院選公示日、東京・本駒込の日本医師会館で開かれた自民党の羽生田俊候補の出陣式で、日の丸に「必勝」と書かれた水色の鉢巻きを巻いた日本医師会(日医)の横倉義武会長は声を張り上げた。
羽生田氏は日医の組織内候補で、その得票数は政界での日医の存在感にも直結する。ひいては横倉氏自身の日医内外の政治力に影響することもあり、力が入るのは当然だった。その先には来年6月の会長選出馬も見据える。
現在74歳で、会長4期目となる横倉氏の安定ぶりは憲政史上最長政権をうかがう安倍晋三首相に匹敵するほどだ。副会長として臨んだ2012年の会長選で現職会長の原中勝征氏、京都府医師会長の森洋一氏との三つどもえの戦いを制して初当選し、以来2年ごとの会長選は無投票か大差による勝利を収めてきた。
16年には大腸憩室炎で入院したが、手術の2週間後には仕事に復帰し、健康不安説を吹き飛ばした。17年から1年間は、元日医会長の武見太郎・坪井栄孝両氏に続く日本人3人目となる、世界医師会長も務めた。
知力とカネを兼ね備えた猛者ぞろいの医師集団の中で、これだけ横倉氏が長くトップを続けられているのは、持ち前の温厚な人柄と手堅い手腕に加え、政界との太いパイプがものを言っている。地元・福岡で自民党の古賀誠・元幹事長の後援会長を務めた他、地元繋がりで麻生太郎・副総理兼財務相とも昔からの知己。 その中でも最も大きいのが安倍首相との関係だ。横倉氏は安倍首相が若手で党の社会部会長(現在の厚生労働部会長)をしていた時に知り合い、その後、約20年にわたり定期的に会合を重ねる間柄にある。
民主党政権下で自民党支持を打ち出して日医会長に就任した横倉氏に対し、安倍首相もその恩を忘れず、第2次政権発足後は「横倉会長に恥をかかせてはいけない」と日医への配慮を続けてきた。その一例が診療報酬改定で、医師らの技術料や人件費に当たる本体部分は、社会保障費の抑制圧力が強い中、プラス改定が続く。
横倉氏は、かつての日医会長が揶揄された「欲張り村の村長」とは違い、社会保障カットの受け入れる部分は受け入れる懐の深さもあり、社会保障費の伸びにうるさい財務省も一目置く存在となっている。
18年副会長選ではいくつもの〝波乱〟が
ただ、盤石に見える〝横倉日医〟に綻びがないわけではない。日医の執行部は会長を含め全国の都道府県医師会からの代議員の投票によって選出される。伝統的に会長候補が副会長以下の役員候補全員を推薦する「キャビネット制」が採用されており、通常は会長に当選した候補が示した推薦リスト通りに役員も選ばれる。だが、代議員を多く抱える都市部の地方医師会が結束して反旗を翻せば、人事はひっくり返る。いくら会長個人に人気があったとしても、会長の思うようにいかないのが日医という組織だ。
象徴的だったのが18年の副会長選。会長4選が確実視されていた横倉氏は副会長候補から現職の松原謙二氏(大阪府医師会)を外し、中央社会保険医療協議会(厚労相の諮問機関、中医協)委員で常任理事の松本純一氏(三重県医師会)を推薦した。松原氏の資質を疑問視したためだが、これに反発した松原氏は副会長選への出馬を強行した。
さらに、現職常任理事にもかかわらず横倉氏から続投を推薦されなかった今村定臣氏(長崎県医師会)も不満を訴え、副会長選に名乗りを上げる事態に発展した。最終的に今村氏は選挙前日に突如出馬を辞退。横倉氏が日医の政治団体である日本医師連盟の役員ポストを今村氏に用意するなど懐柔工作を行い、それが実ったといわれる。
一方、松原氏の出馬を断念させることはできずに副会長選がそのまま行われ、松原氏は再選を果たし、横倉キャビネットの松本氏は落選した。代議員会議長ポストを狙う愛知県医師会が大阪府医師会と票のバーターを行い、松原氏を支持したのが大きかったとささやかれている。
落選した松本氏にも、その手腕に不安の声が上がっていた。地方医師会幹部は「診療報酬の説明会で文書を棒読みして時間が余ってしまい、中川俊男・副会長がフォローして詳しく説明したことがあり、松本氏には皆があきれ返った」と振り返る。そんな松本氏を副会長候補に推薦した横倉氏にも首をかしげる会員は少なくなかったという。
水面下で出馬求める署名集めの動き
横倉氏も今年8月9日に75歳を迎え、そろそろ会長任期の終わりを感じさせるようになると、求心力に陰りが出るのはやむを得ない。ただ、その〝穴〟はまだ大きくない。今回の参院選では候補の羽生田氏以上に熱心に地方を行脚し、その現役感は後期高齢者入り直前とは思えないほどの健在ぶり。前世界医師会長として世界各国での国際会議にも意欲的に飛び回る。「とても来年引退する人には見えない」(日医幹部)というのが周囲のもっぱらの評判だ。
日医内では横倉氏の5期目を望む声も上がり始めた。22年度以降、団塊世代が後期高齢者になり始めるため、社会保障費が急増する。この伸びを一定程度までに抑えるには社会保障カットが避けられず、参院選後に制度改革の議論が始まることが予想される。そのタフな交渉を乗り切れるのは安倍首相と昵懇の横倉氏しかいないというのだ。既に水面下で横倉氏の5選出馬を求める署名集めを行いたいとの動きもある。
「ポスト横倉」には、筆頭副会長の中川氏や東京都医師会の尾﨑治夫会長らの名前が挙がっている。
特に最右翼の中川氏は、中医協などで討論相手に厳しく突っ込む〝攻撃力〟の高さは随一で、日医内に根強い支持者もいる。一方で代議員数の少ない北海道医師会出身というのがネックで、東京や大阪といった都市部の医師会の支持が欠かせない上、〝冷酷な性格〟に敵も少なくない。「攻撃一辺倒では政府とやり合えない」「まとめ役としては不向き」といった評価は後を絶たない。
尾﨑氏も、東京都の小池百合子知事の熱心な支援者という点が政権幹部から不興を買っているといわれる。
だが、日医会長は代議員の選挙で決まるという仕組み上、世間的評価よりも内部の論理で決まる部分が大きい。横倉氏の去就にかかわらず「ポスト横倉」の面々にも十分にチャンスはある。都市部の医師会を中心に都道府県医師会の合従連衡の行方が来年6月の会長選のカギを握る。
その要にある横倉氏は、政府のカウンターパートである安倍首相がさらに長期政権を目指すのか動向をギリギリまで見極めて自身の5選出馬を判断する考えだという。戦後の歴代会長で5期以上を務めたのは〝ケンカ太郎〟の異名で25年間に渡り日医に君臨し続けた武見太郎氏しかいない。設立100年を超えた日医に新たな歴史が刻まれるのか。
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