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医師の子弟に少なくない「ひきこもり」

医師の子弟に少なくない「ひきこもり」

 「ひきこもり」に関する事件が続いた。川崎市では、長年、伯父夫婦宅で暮らしてきた51歳の無職男性が、スクールバスを待つ小学生らに刃物で襲いかかり、子どもを含む2人が亡くなった。

 また東京の練馬区では、農水省で事務次官を務めた男性が、無職の40代長男を刃物で殺害。元官僚は「川崎の事件を見て、息子も何かやるのではと心配になった」と供述しているそうだ。

 40代以上のひきこもりは全国に約60万人いる、という試算がある。医療従事者の中には、患者や知人から「ウチにも無職で長年、部屋にこもっている息子がいるのですが」と相談される機会がある人もいるだろう。

 また同時に、「実は私の娘もそれに近い」「息子はひきこもりというわけではないけれど、仕事を辞めてしまって家にいる」という人もいるのではないだろうか。これはあくまで経験論だが、「医師の息子や娘がひきこもり」というケースは意外に少なくない。

経済的余裕から無職の子の面倒見続ける

 これはなぜだろう。1つには、医師の家庭には経済的に比較的余裕があるので、仕事に就かない息子や娘を、「そのうち目覚めるだろう」と養育し続けることになりやすい、という理由もありそうだ。

 困窮家庭だと、そうもいかず、「早く家を出てほしい。もし仕事に行けないなら、世帯分離して生活保護を受給して」ということになる。

 それが結果的に本人の就労に結び付くこともあるのだが、医師だと働いていない子どもをなかなか追い出すこともせず、はっと気が付くとそのまま時間がたつ、ということになりかねない。

 そして何より重要なのが、どうしても親にはプライドもあり、期待もするあまり、子どもがそれをプレッシャーに感じて身動きが取れず、ひきこもってしまうという場合だ。

 個人情報の部分には大きく改変を加えた上で、具体的なケースを挙げてみよう。

 診察室に相談に来た両親は、夫婦とも医師でクリニックを開業していた。子どもは2人で、上の娘は大学の文学部に進んだので、両親は当然、高校生だった息子に「医者になって医院を継いでほしい」という期待を持った。

 ところが、息子は音楽が好きで、大学もその関係に進みたいとのこと。両親は渋々同意したが、大学に進学した後も息子に「医学部を受験してみないか」と言い続けた。

 そのうち息子の方も自分の才能に限界を感じたのか、「そんなに言うなら受けてみようかな」と言うようになった。もちろん親は大喜びし、「頑張れ。あなたならできる」と励まし、「家庭教師を付けよう。一流の人がいいな」「必要なものは買ってあげるから、バイトは辞めた方がいい」とどんどん盛り上がった。息子は音楽大学を中退して受験生活に入った。

 当然のことながら、医学部受験は簡単ではない。初回のチャレンジは失敗、そしてまた1年、受験勉強をして次の年も失敗。3年、4年とどんどん時間がたっていった。途中、「やっぱり音楽を続ける」と言い出して勉強をやめて海外に行った時期もあり、気が付くと息子は30代半ばになっていた。

 ようやく両親も「もう無理かな」と思い始めていたが、いまさら他の仕事に就かせるのも難しい。息子は明らかに受験の意欲を失いかけていて、さらに昔の同級生達が音楽の世界で成功していることもあり、次第に部屋に引きこもるようになった。

 母親が声をかけると「うるさい」などと怒鳴り、食事やトイレなどで部屋を出てきても、家族とは全く口をきかない。欲しい物はネットショッピングで頼み、その支払いは親がしている。「いったいこの先、どうしたら」と両親が相談に来た時は、既に息子は40代、両親は70代半ばを過ぎていた。

 どうだろう。ここまでではなくても、似たようなケースはどの医療従事者の周りにもいるのではないだろうか。

親への誇りと劣等感を持つ医師の子弟

 医師の子弟の場合、いくら親が「好きな道に進んでいいよ」と言ったとしても、本人は社会からも評価されている親を誇りに思うと同時に、「自分はこれでいいのか」と劣等感も抱いている。そこで素直に「自分も医師を目指そう」と思い、学力も十分でそうなれる子弟は良いが、皆がそうだとは限らない。そうなると、一般企業に就職するなど世間的には認められる人生であったとしても、「いや、でも親に比べて恥ずかしい」と長い間、自責の念にさいまなれることもあるのだ。

 子どもにとって、自分の親が医師あるいは医療従事者というのは、いろいろな意味で恵まれていることだと思う。家は経済的に安定しており、親から直接、いろいろ学ぶこともできる。すぐ手近に理想のモデルがあるというのも、子どもにとっては幸運なことだ。

 しかし、一方で「医師の子弟ならでは」のプレッシャー、ストレス、そこから生まれる劣等感なども付き物であることを、親はしっかり自覚すべきだ。

 そして、親と同じ道を選ばない、あるいは選べない我が子に対しても、「大丈夫。あなたなら自分の人生を歩んでいけるよ」「道は違っても親はいつもあなたの味方だよ」というメッセージを伝えてあげてほしいと思っている。

 今回紹介した40代のひきこもりの男性は、時間はかかったが、その後、障害を持つ子どもをケアするボランティアに出掛けるようになり、少しずつ自信を取り戻していった。

 自立した生活を営むにはまだほど遠い状況だが、両親は「私達がいなくなったら、遺す物でなんとか食べてはいけると思う。それより、この子が外に出掛けるようになったのがうれしい」と言っていた。

 ゴールは経済的自立でなくても、「自分の人生は自分のもの」という手応えを感じて生きていければ良いのだ、と親子が確認できたのも大きかったように思う。

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