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小野薬品に降りかかる「オプジーボの呪い」

小野薬品に降りかかる「オプジーボの呪い」
オプジーボに救われ、オプジーボでつまずく危機

小野薬品工業が創製した画期的ながん治療薬「オプジーボ」。2018年度に小野薬品の売り上げの6割弱をたたき出した、この救世主を巡る争いに小野が苦闘している。

 5月22日、米国ボストン連邦地方裁判所が重大な判決を下した。18年のノーベル賞を受賞した・京都大学特別教授と小野が保有するオプジーボの6つの主要特許に関連し、共同研究者として、米国ダナファーバーがん研究所のゴードン・フリーマン博士とクライブ・ウッド博士の2人を認めるという内容だ。

 小野は「上訴する方向で検討する」とコメント。本庶教授も弁護士を通じ「対応を検討していく」と言うが、上訴することになるだろう。

 小野と本庶教授の間で結ばれている特許対価支払い契約とは別に、仮にこの判決が確定すれば、米国人研究者2人も特許対価支払いを要求する可能性が出てくる。

 さらに憂慮がある。2人の米国人研究者が属するダナファーバーがん研究所が判決後に発表した文書で、「PD—1やPD—L1抗体を使った治療の開発を望む他の企業に、この技術をライセンスすることが可能になる」と言っている。

 小野や海外パートナーの米国ブリストル・マイヤーズスクイブ(BMS)とは別の第三者企業にこの特許関連技術を使った開発をさせ得るというのだ。小野薬品のカネの取り分が減ることにとどまらない。オプジーボという「カネのなる木」の将来を揺さ振られかねない、やっかいな問題を内包した判決なのだ。

 今後の上級審の結果を待たず結論を下すのは性急過ぎるが、ボストン地裁は、米国人研究者や本庶教授の交わした未公表データなどのやりとり、お互いの主張の正当性を裏付ける数多くのメモ類や科学論文など膨大な証拠を提出させ、検証した上で判決を下した。上級審で日本側が逆転勝利出来る保証がないことも確かだ。米国の最終審でボストン地裁と同じ結論が出れば、小野の経営には大きな影響を及ぼしかねない。

本庶教授との対立は泥沼化

 オプジーボを二人三脚で開発したはずだった本庶教授との対立も泥沼化している。これは米国の裁判以上に頭の痛い問題だ。

 「オプジーボの研究に関して、小野薬品は全く貢献をしていない」

 昨年10月1日夜、本庶教授は言い放った。ノーベル賞受賞が決まったことを受けての記者会見という晴れの場に似合わない異例の発言だった。

 これを契機に両者の対立が表に噴出した。対立の焦点は、06年に両者が結んだ特許対価を決めた契約内容にある。本庶教授側は対価が不当に低いとして11年に対価引き上げを要求、契約改定交渉が始まった。

 しかし隔たりは大きく埋まらない。交渉は難航、そしてあの10月1日の異例発言が飛び出したのだった。

 これを境に争いはエスカレート。埒が明かないとみた本庶教授側から契約内容の暴露戦術が始まる。

 まず、今年4月10日の代理人弁護士を伴った会見。本庶教授が受け取る特許対価がオプジーボ売り上げの1%未満であること、当初の小野の説明は不正確な情報であったと不信を抱いていること、用途特許ならば売り上げの5〜10%が常識と考えていることなどが明らかにされた。

 続く5月27日の講演。小野側から累計26億円の対価が支払われているが受け取りを拒否し、その金が法務局に供託されていること、昨年11月に小野側から新たに、本庶教授が立ち上げた若手研究者の支援のための基金に「200億〜300億円」寄付する提案があったことが判明する。

 本庶教授側が適正と考える対価水準は800億円を上回る規模と思われ、小野の基金への寄付金額は「低過ぎる」として拒否している。

 相良暁社長が昨年10月に日経新聞で「当社の努力や貢献もあった」と語ったのは例外で、小野は表立っての反論を極度に避けてきた。やっと5月22日にリリースを出し、特許対価引き上げ交渉には応じず、11月に提案した基金への寄付などで交渉する方針を示した。ただ、これは状況打開には力不足。小野が乾坤一擲投じた200億〜300億円という寄付金提案はすげなく一蹴されている。

 もちろん本庶教授側に対し外部も、好意的な見方だけではない。契約内容を外部に漏らすことへの批判は強い。両者合意の上で結んだ契約内容に後から不満を示し、条件引き上げを要求することに対しても「後出しジャンケン」との声が出る。

 小野の内側からは、売り上げの5〜10%が特許対価の適正水準という本庶教授側に対し、「一般的な適正水準などはなく、その時の条件次第で対価は違ってくる」といった反論が漏れてくる。

 特許対価契約が結ばれた06年当時に時計の針を戻せば、本庶教授の発見がいかに画期的なものだとはいえ、最終的に治療薬の開発に成功するかどうかは藪の中。薬の場合、小野の前出リリースでも記載しているように最終成功確率は「2万〜3万分の1」と極度に低い。その中で数百億円は下らない大金を開発費として賭けに投じなければならない。リスクを全て負った上での特許対価決定だというのが、製薬会社側の本音だ。

 本庶教授側の要求に押され対価の大幅な引き上げを飲むこともできない。株主に説明がつかないし、今後一層増えてくるベンチャー、アカデミアとの交渉を考えるとなおさらだ。

 この点をクリアする最後の選択肢として投げ込んだ破格の寄付金提案が公然と拒絶されたのは、手痛い失点。これで当面、小野に事態打開のための有効な駒はない。

露呈した危機管理力の低さ

 中外製薬は大阪大学の岸本忠三教授と共同で免疫医療を研究、後に「アクテムラ」開発に繋げ、今日のバイオ抗体医薬の第一人者としての地位を切り開いたが、両者の良好な関係は長く続いている。欧米メガファーマは優秀な法務専門家を社内外に擁しアカデミアなどとの交渉でトラブルを長期化させるへまはしない。

 本庶教授側の姿勢を問題視する声はあるが、対立を長期化させずうまく管理する能力は現代の一流製薬企業には必須だ。この点、小野は落第と言われても仕方ない。

 こうした争いに翻弄される間にも、オプジーボに別の影が忍び寄っている。販売・開発面でライバル、米メルクの「キイトルーダ」に押されていることだ。18年にはがん免疫阻害剤の日本を除き世界での販売首位の座を奪われ、差を広げられている。

 米国などでライバルが、がんの最大市場の肺がん分野の1次治療薬として承認・発売されているのに対し、オプジーボは肝になる「非小細胞肺がん」の1次治療用の開発に失敗続きだった。これが最大の原因だ。併用療法での米国食品医薬品局(FDA)への承認申請を今年1月、撤回するという大ミスが加わった。国内売り上げにも不安が顕在化する。オプジーボの売り上げは前期の約900億円から850億円へ19年度に減少する見通し。前期中の3度目の大幅薬価引き下げが主因だが、肺がん向け売り上げがライバルに食われ激減するのも実は隠れた要因だ。

 オプジーボに救われた小野がオプジーボでつまずく危機を回避できるのか。内憂外患の今、小野の真価が試されている。

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