市民が支えるニュース組織、特定非営利活動法人ワセダクロニクルを立ち上げ、隠された事実を掘り起こす「探査」報道をネットメディア「ワセダクロニクル」で行っている。「製薬マネーと医師」「検証東大病院」など医療界でもタブー視されるテーマを取り上げ、「強制不妊」報道では大手メディアを巻き込んで国を動かした。編集長の渡辺周氏に立ち上げの経緯や編集方針などについて聞いた。
——「ワセダクロニクル」がスタートするまでの経緯を教えてください。
渡辺 朝日新聞の特報部にいた2014年に、サンフランシスコで調査報道の世界大会があり、僕も参加しました。そこで、アメリカのジャーナリスト達によるNPOが製薬会社のお金の流れに関するデータベースを作っていることを知ったのです。このNPOには『ウォール・ストリート・ジャーナル』出身のジャーナリストなどが参加し、ピューリッツァー賞も受けています。そのデータベースを朝日でも作ろうとして、帰国後に調査を始めました。製薬会社と医師との関係を鮮明にするべく、お金の流れを深掘りしていきました。しかし、データベースの形が見えてきた頃、朝日が慰安婦報道の検証、原発事故報道の取り消しなどを発表し、調査報道に対するスタンスが一気に消極的になったのです。すると、データベースの公開は中止になり、社説もボツになり、キャンペーンもできなくなりました。
——そのような事態に至った理由は?
渡辺 訴訟リスクでしょうね。ただ、データベースそのものは出せないけれど、データを集計した結果を記事にするのは構わないことになりました。
それが2015年4月1日、製薬会社から講演料などの名目で1000万円以上を受け取っている医師が184人いたという記事になったわけです。ところが、朝日自体も製薬会社と一緒になって医師を招いた講演会をやっていました。それも記事にしようとしましたが、実現できませんでした。
——自社を批判する記事はさすがに難しいでしょう。
渡辺 朝日も経営状態は決して良くありません。製薬会社は大スポンサーですから、そこに楯突く記事は難しいのでしょう。時間をかけてしっかりした記事を作ろうとしても、別の方向からの力が働いて取りやめになってしまうのです。あの時、「やってられないな」と思い、16年に会社を辞めたのです。
——そこで、「ワセダクロニクル」の立ち上げを考えた?
渡辺 朝日にいた頃から、花田達朗教授が所長を務めていた早稲田大学のジャーナリズム研究所には出入りしていました。TBSやNHKの記者なども出入りする梁山泊みたいな雰囲気の場だったのです。そこで、研究所に拠点を置いて、大学発のメディアとして始めようと考えました。研究所のプロジェクトとして「ワセダクロニクル」を17年に立ち上げ、創刊特集「買われた記事」をリリースしました。しかし、この位置付けだと、大学の研究所の一プロジェクトでしかありません。僕が「編集長」だといっても、責任も権限も不十分。より独立性の高いジャーナリズム組織にするため、18年にNPO(特定非営利活動法人)にしました。
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