日本メディカルAI学会学術集会でAI創薬の現状と展望を披露
人工知能(AI)の医療応用を進め、より良い医療システムの構築を目指して2018年5月に設立された日本メディカルAI学会。その第1回学術集会が今年1月25日から2日間、国立がん研究センター研究所内で行われた。テーマは「我が国におけるメディカル AI 研究分野の発展に向けて—Precision Medicine 時代における AI 研究—」。
新薬開発の期間短縮やコスト削減を目指し、AIを活用した技術開発が産学で進む中、26日には「AIが拓く創薬イノベーション」をテーマにしたシンポジウムも開かれた。
最初に登壇したのは、京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻ビッグデータ医科学分野教授で、理化学研究所科学技術ハブ推進本部医科学イノベーションハブ推進プログラム副プログラムディレクターの奥野氏。演題は「AI創薬の現状と未来」。
奥野氏はまず、自らが代表を務め、ライフ分野を対象にAI開発を産学、異業種連携で進めている「ライフ・インテリジェンス・コンソーシアム(LINC)」について説明した。LINCは2016年に設立され、大学・研究機関やライフサイエンス関連企業とIT関連企業など約100社・団体が参加している。
奥野氏は「2〜3年前から創薬にAIを用いたいという要望が企業などに出てきた。製薬企業はAIに詳しいというわけではないので、コンソーシアムでは製薬企業とAIに詳しい企業の間を取り持っている。コンソーシアムには無料で入れる。医療関係の企業にテーマを挙げてもらい、AIの設計書や計画書を一緒に作り、実際にシステム開発を行うのが特徴」と説明する。
AIを応用するのは、具体的には「ターゲット探索」や「リード探索」の他、「リード最適化」「バイオアッセイ」「分子シミュレーション」「ADMET」「前臨床」「臨床試験」「承認」など。30種類のAIを用いて、創薬の効率化を実現していく。
ターゲット探索であれば、どの病気に対する薬を開発するかAIを使って分析。化合物とたんぱく質との結合について、コンピュータにより計算する。例えば、デジタルカメラの顔認識の場合、大量の顔のデータを学習させる。そのことで、カメラは人の顔を認識できるようになる。
同じように、たんぱく質を構成する20種類のアミノ酸の組み合わせと、様々な化合物の結合について情報を学習させる。そうして未知の薬の効果を予測する。たんぱく質や化合物の情報は、ディープラーニング(深層学習)により、雑多なデータから機械学習に使えそうな情報を自動的に検出できるようにしている。
奥野氏は「人間が使えそうなデータを抽出するよりも、ディープラーニングを用いることで、分析対象の情報をくまなく活用可能となる。情報量を落とさずに済む」と話す。
課題はデータの質を高めること
次に、LINC副代表で、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所(医薬基盤健栄研)バイオインフォマティクスプロジェクトリーダーの水口賢司氏が登壇。「AI開発基盤としてのデータ統合:薬物動態モデリングとターゲット探索」を演題に話した。
水口氏は「データの質」が重要だと強調した。研究の一つは、薬の毒性の問題を解決すること。日本医療研究開発機構(AMED)の事業で、理化学研究所制御分子設計研究チームリーダーの本間光貴氏、医薬基盤健栄研トキシコゲノミクス・インフォマティクスプロジェクトリーダーの山田弘氏と進めている。
薬の毒性を考える時には、薬がどれくらい吸収され、心臓や肝臓などの臓器にどれくらい移行し、どう排泄されるかなど(薬物動態)が大切になる。水口氏は既存のデータベースを活用して、医薬品の動態の効率的な予測を検討している。
課題は、データベースごとの単位の違い。データベースの単位がそろっていないと、手作業で修正する必要がある。そこで、自動化が重要となる。水口氏は「データを見直すことで正確性が大幅に上がる。データの質を保つのは、予測モデルを作る際には欠かせない」と強調する。水口氏は製薬企業の化合物についての情報を2万以上取得した上で、公共のデータも合わせ、薬物動態、毒性の予測モデルを構築中で、商用版も視野に入れる。
水口氏は人の持つ遺伝子やたんぱく質などの他、化合物や疾患表現型などのデータについてもデータの用語や概念の統一が重要だという。例えば、「高コレステロール血症」という言葉一つとっても、論文によって表現が異なる。データベースに取り込む時に課題になる。
水口氏はAIによる分析の例として、特発性肺線維症(IPF)を対象に、大量の診療データに基づいて疾患や症状に繋がる診療データを見つけ出す研究を進めている。やはりデータの統合を進めつつ、データをいかに網羅的に取得するかが重要だと説明した。
「ドラッグリポジショニング」を研究中
最後に登壇したのは、九州工業大学バイオメディカルインフォマティクス研究開発センター教授の山西芳裕氏。演題は「AI創薬:化合物の薬効を予測するデータ駆動型アプローチ」。山西氏は創薬における機械学習に関する書籍を世界に先駆けて出した人物として知られている。
山西氏が注目するのは「ドラッグリポジショニング」である。既に承認されている薬や開発に失敗した薬を、別の疾患の治療薬として再開発していくものだ。薬剤開発のコストを抑えられるのがポイントになる。例えば、狭心症治療薬だったが、男性機能障害や肺高血圧症の治療に使われるようになった「シルデナフィル」などが知られている。
山西氏は、薬剤の化学構造やたんぱく質の構造に注目し、これまで考えられていなかった用途への応用ができないかの検討を進めている。化学構造が類似している薬は、同様のたんぱく質と相互作用をしていると考えられるという。約8000個の薬剤、約3万のたんぱく質との関係をAIで分析し、未知の関係を予測。1000を超える疾患に対して、新しい薬剤を使えないかを調べていく。
例えば、山西氏が研究するテーマの一つは、漢方薬のリポジショニング。漢方薬の多くはメカニズムが不明だが、構成する化合物に基づき、AIを使って、たんぱく質との相互作用を分析して、新規の効能を予測していく。
富山大学和漢医薬学総合研究所教授の門脇真氏と共同研究を進めており、肥満症に使われる防已黄耆湯が糖尿病に効果を持つ可能性を割り出した他、胃腸の病気に使われる大建中湯が、大腸がんに効果を持つ可能性を予測した。AIに基づき新しい治療が導き出される可能性がありそうだ。
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