持続可能な医療提供体制との両立こそが重要
厚生労働省が「医師の働き方改革に関する検討会」(座長=岩村正彦・東京大学大学院法学政治学研究科教授)に提示した時間外労働の上限特例水準や特例が適用される医療機関の条件などに対し、医療界から反発の声が上がっている。
検討会では1月11日に、2024年4月から適用される罰則付き時間外労働の上限時間を原則「年960時間」とし、「地域医療の確保に必要な医療機関の2035年度末までの特例」の場合は「年1900〜2000時間」とする事務局案が示された。しかし、「年1900〜2000時間」に対して医療界は反発。2月20日の検討会では、前述の地域医療確保暫定特例水準に加え、「一定期間、集中的に技能向上のための診療を必要とする医師向けの水準」の場合、「年1860時間」が事務局から示された。上限時間が下方修正されたとはいえ、過労死ラインである年960時間の約2倍である。
同日、副座長を務めていた渋谷健司・東京大大学院医学系研究科教授が「1860時間に納得できるロジックがあるわけではない」と辞意を表明、22日に辞任する事態も起きた。
日本病院会の相澤孝夫会長は2月26日の記者会見で、特例が適用される医療機関の条件として「2次救急医療機関の場合、年間救急車受け入れ台数1000台以上」などが提案されたことに対し、「何の根拠もない数字が出てきて、ここで切るというのは乱暴な話。病院団体と議論をすることもなく出してくるのは極めて遺憾。怒りすら覚える」と厳しく批判した。また、時間外労働の上限規制について「大なたを振るって抜本的な改革をするしか方法がない。そうなった時、各地域は困らないか、各医療機関は経営を継続できるのかについて何の方向性も示されていない」と指摘した。
医療スタッフの増員と診療報酬の増額
医師や看護師、医学生、過労死を考える家族の会のメンバーなどが参加した「ドクターズ・デモンストレーション」による緊急集会が3月7日、衆議院第2議員会館で開かれた。呼び掛け人は本田宏・医療制度研究会副理事長、植山直人・全国医師ユニオン代表、住江憲勇・全国保険医団体連合会会長ら。集会には医療関係者ら約70人が参加、それぞれの立場から発言した。
住江氏は「勤務医の長時間労働を解消するには医師数を増やすこと、低医療費政策の下で医療機関が疲弊している中、診療報酬上の手当てをすることが必要だ」と具体策を述べた。
看護師で日本医療労働組合連合会中央執行委員長の森田しのぶ氏は「看護の現場でも2017年に実施した労働実態調査で『慢性疲労』が7割、『仕事を辞めたい』が75%、『切迫流産』は3人に1人と、深刻な過重労働と健康悪化が明らかになった。厚労省が示している時間外労働の上限は過労死ラインの倍。今でさえ医師の過労死が後を絶たない中、医療現場の実態を踏まえた働き方の考えではないと言わざるを得ない」と指摘した。
東京過労死を考える家族の会の中原のり子氏は、過労自殺で小児科医だった夫を亡くした。「長時間労働の法制化には反対。医療者を使い倒すような、好き放題に働かせる今の医療界の働き方は間違っていると思う。過労死しないで人間らしい働き方ができるような時間規制、働き方を強く望む」と訴えた。
最後に、ドクターズ・デモンストレーションは「過労死ラインを超えては、患者も医師のいのちも守れない」と題した6項目のアピール文を採択した。
• 憲法や労基法違反の可能性がある厚労省令(検討会で示された事務局案)に関して、国会で十分な審議を行い、違法性が疑われる余地のない信頼できる省令とする。
• 緊急措置として、医師の労働時間管理を徹底し、過労死ラインを超える労働を行っている医師の労働時間を可能な限り短縮する。
• 原則として医師の時間外労働の上限を月45時間とし、一般労働者並みに引き下げる(EU〈欧州連合〉では医師の労働時間の上限は週48時間となっており、時間外労働は月32時間程度)。
• 根本的な解決に必要な絶対的な医師不足を解消することが必要であり、OECD(経済協力開発機構)平均にするために12万人の増員を行う。
• 医師の増員のみならず、看護師やその他の医療スタッフの増員を行う。医師の業務軽減は、医行為などの看護師への業務委譲ではなく、専門職を養成し配置する。
• 国の責任で必要な財源と体制を確保する。医療機関が必要な医療を提供できるように、診療報酬の適正な増額を行う。
医療提供体制の抜本改革伴う働き方改革
129学会からなる学術団体、日本医学会連合(門田守人会長)は2月14日、「医師の働き方改革に関する声明」を発表した。具体的には①「医療の質・安全の確保」と「医師の健康への配慮」の両立を目指す②医療提供体制の抜本的改革を伴う働き方改革を③短期的実践可能な働き方改革に積極的取り組みを④女性医師の労働環境改善のための社会的対応策の推進——を求めている。
日本医学会連合は昨年1月、労働環境検討委員会を設置。主に勤務医の働き改革の課題と解決策を議論し、12月に報告書(提言)をまとめた。声明は報告書の内容を踏まえ、特に重要な4項目の実現を訴えた。医師の働き方改革には患者の受診意識の変化も必要なため、今年3月2日には、市民公開フォーラムを都内で開き、報告書や声明の内容を紹介したり、医療提供体制の改革が医師の過重労働問題解決の鍵であることを訴えたりした。
医師の働き方改革に関しては、日本医師会や四病院団体協議会、各学会から提言などがあるが、共通しているのは「医療の質や安全性の確保」と「医師の健康への配慮」の両立が重要だとしている点と、医師の特殊性に鑑み一般業種とは異なる制度改革が必要、としている点である。厚労省の検討会は時間外労働の上限規制の議論に終始している印象が強い。果たして、3月末に取りまとめる報告書には、医療界が求める内容が盛り込まれているのだろうか。
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