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未来の会

東京五輪を見据えた「エボラウイルス輸入」の是非

東京五輪を見据えた「エボラウイルス輸入」の是非
「バイオテロへの備え」に対し「テロリストの標的」の声も

国立感染症研究所村山庁舎(東京・武蔵村山市)にある危険度の高い病原体に対応する「BSL4施設」がいよいよ、本格的に稼働する見込みとなった。東京五輪・パラリンピックを見据え、海外から持ち込まれるエボラなどの危険なウイルスに備える必要性が高まったためだ。村山庁舎にBSL4施設ができて38年、周辺住民の間からは「五輪を名目にされると反対しにくい」↘と戸惑いの声も上がる。

 BSL4とはバイオセーフティーレベル4の略で、世界保健機関(WHO)による病原体の危険度の区分で最も危険とされるレベルの病原体を扱う施設である。最も危険度が高いウイルスとして指定されているのはエボラウイルスの他、ラッサウイルス、天然痘ウイルス、マールブルグウイルスなどで、いずれも日本には存在しない病原体だ。

 厚生労働省によると、BSL4施設は海外では米国やドイツ、中国など24カ国に約60カ所あり、国内では感染研村山庁舎の他、長崎大でも建設が始まっている。理化学研究所のライフサイエンス筑波研究センター(茨城県)にも同レベルの施設があるが、稼働していない。つまり、国内でBSL4施設が本格的に稼働したことは、これまでにないのだ。

 「村山庁舎のBSL4施設は1981年に完成していたが、周辺住民の反対が強く、稼働しないまま30年以上たっていた。再び脚光を浴びたのは、2014〜15年にエボラ出血熱が世界中で猛威をふるったためです」と当時を知る厚労省担当記者は話す。

  この世界的流行により、日本国内でもエボラウイルス感染が疑われる患者が数人出たが、国の指定を受けたBSL4施設はゼロ。村山庁舎のBSL4施設はエボラウイルスを取り扱う要件にかなっていたが、国の指定を受けていなかったため稼働できない状態だったのだ。「といっても、検査をしないわけにはいかず、患者のウイルスはエボラと確定していないのでBSL4で扱う必要はないとして、村山庁舎のBSL3施設で扱ったのです」(同記者)。結果的に患者はエボラではなかったが、この一件により日本の貧弱な検査態勢が露呈した。

研究施設の不在は人材の不在

 研究施設がないということは、エボラのような危険な病原体を扱える人材が育っていないということでもある。「日本人の研究者がエボラなどの研究をしようと思ったら、海外の施設を借りるしかなかった。BSL4施設はテロを警戒して管理が厳しく、他国の研究者の受け入れは年々、厳しくなっていた」と同記者は振り返る。こうした事情から、日本でもBSL4施設が必要として、15年8月に当時の塩崎恭久・厚労相と地元の武蔵村山市長が稼働に合意。国は村山庁舎の施設を国内初のBSL4施設として指定した。

 指定に当たり、感染研はエボラの世界的流行といった社会的背景だけを強調するのではなく、説明会などをまめに開いて地元の理解を得るための努力をしたという。地元関係者は「反対しているのは一部の市議と一部の住民だけで、多くは無関心か、一定の理解を寄せていた」と話す。

 状況が一変したのは18年11月15日だ。市関係者や地元住民らで作る連絡協議会で、感染研村山庁舎がエボラウイルスを輸入する方針を示したのである。村山庁舎の周囲は住宅街で、隣には小学校もある。「エボラの疑いがある患者が出た時に施設を使って検査をする」のと、「研究のため、常に施設内にエボラウイルスがある」のとでは、住民が受ける印象は大違いだ。「案の定、住民からは反対の意見が出た。施設がテロリストに狙われる恐れもあり、安全管理は大丈夫かといった声が多く出たようだ」と取材した記者は明かす。

欧米と比べ危機感が欠けていた日本

 地元の反対を押し切ってまで、なぜウイルスの輸入が必要なのか。ウイルス学に詳しい医療関係者は「生きたウイルスを培養しておけば、患者が出た時の検査精度が上がり、治療が効いているかなどの検査も早く行えるようになる」と説明する。実際に中国で鳥インフルエンザがはやった時、欧米各国は中国からウイルスを輸入し、研究を一気に加速させたという。「ウイルスやウイルスの遺伝子情報が手に入らなければ、取り残される一方だ」とある研究者は焦りを覗かせる。

 エボラウイルスは過去、アフリカで何度も流行を繰り返してきた。「日本はアフリカと距離があるためあまり話題にならないが、直行便を持つ欧州では決して、アフリカは〝遠い国〟ではない。危機感も強いし研究も進んでいる」と研究者。これまで危機感が欠けていた日本だが、「2020年の東京五輪では世界各国から人々がやってくる。アフリカとの距離も一気に近くなるのです」(同)。

 大勢の外国人がやってくる五輪では、検疫などの水際で感染症の流入を防ぐのは難しい。そもそも潜伏期間などの関係から、空港では元気だった人が国内で発症することも珍しくない感染症は、水際で防ぐのが難しいとされる。感染症には国境がなく、一気に流入の可能性が高まる一大イベントが五輪というわけだ。

 別の見方をする人もいる。都内の医療関係者は「BSL4施設の指定を受けたといっても、訓練された研究者がいなければ問題なく稼働するのは難しい。そのためには日頃からウイルスを扱う訓練をしておくことが大事だ」と話す。「疑い例」として村山庁舎のBSL4施設に運び込まれるのは、エボラとは限らない。天然痘などのウイルスを使ったバイオテロの可能性もある。こうした非常事態に正しく対応するには、日頃の〝慣れ〟が必要だというわけだ。

 だが、果たして住民の合意は得られるだろうか。住民の間には「施設の中にウイルスがある状態では、テロリストの標的になる」と心配する声が根強い。専門家によると、エボラウイルスは血液や体液に含まれるウイルスに触れることで感染する。空気感染はせず、仮に施設から外に漏れたとしても、何日間も感染力を保ったままでいることはあり得ない。しかし、この専門家は「ウイルスに詳しい人間が、テロを起こす目的で危険なウイルスを生きたまま外に運ぶことは理論上可能だ」と話す。そのため、「仮にウイルスを輸入して村山庁舎で研究を行う場合は、施設警備を含めた厳重な管理が必要となる」(同)のは間違いない。

 感染研側は、どのウイルスをいつ頃輸入するかなどの具体的な計画は明らかにしておらず、地元の反対についても理解を得られるよう説明を続けるという。しかし、東京五輪まであと1年半、タイムリミットは迫っている。

 「五輪を名目に必要性を説明されると、表だって反対はしづらい」と地元住民はぼやく。国の方針には理解を示してきたという別の住民も、「五輪が終わっても、地元住民はウイルスの脅威にさらされ続けるのか。釈然としない思いだ」と語る。国の丁寧な説明が求められている。

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