虚妄の巨城
武田薬品工業の品行
武田薬品は来年1月18日までに、臨時株主総会を開催する。アイルランドの製薬大手シャイアーの買収資金の約半分を調達するための、新株発行の承認を得る必要があるからだ。そのためには総会で出席者数を過半数とし、かつ3分の2以上の賛成を得なければならない。
6月に大阪で開催された定時株主総会では、合併に強く反対する「武田薬品の将来を考える会」を中心とした反執行部の株主の票は、約10%だったとされる。このままだと、クリストフ・ウェバー社長CEO(最高経営責任者)が臨時株主総会も乗り切るのは、ほぼ間違いあるまい。
既に武田は買収を見越し、10月31日に東京・日本橋のグローバル本社で開催した2019年3月期の第2四半期決算説明会で、シャイアーの統合後の執行体制となる「新タケダ・エグゼクティブチーム」のメンバーを公表した。総数は20人。武田側は、従来の「タケダ・エグゼクティブチーム」の14人に4人が加わり、シャイアー側からは「グローバルプラズマディライブドセラピービジネスユニット」と「グローバルペイシェントバリュー&プロダクトストラテジー」という長ったらしい名称を冠した部門の担当者が、計2人加わる。この20人のうち、日本人は4人だけだ。
当日発表された『経営の基本精神に基づくグローバルな研究開発型バイオ医薬品企業のリーディングカンパニーを目指して』というプレゼンテーション資料では、もう完全にシャイアー買収を前提にしたトーンで彩られている。
シャイアー買収自画自賛尻目に市場は悲観
曰く「シャイアー社買収後は年間4000億円を超える研究開発投資が可能となり、タケダのR&Dエンジンはさらに強化される」、「パイプラインの強化によりさらなる価値を創出」等々と、自画自賛で一色だ。
特に「財務面の強化 買収後の大幅な利益増加によるキャッシュフロー強化」という項目では、株主たちが随喜の涙を流しそうなほど、楽観的な予測に満ちている。
「買収完了後、3事業年度末までに少なくとも年間1530億円(14億㌦)の税引き前コストシナジーを想定」「タケダの発行済株式総数は約2倍になる一方、EBITDAは約3倍に拡大(過去実績ベースによる試算)。買収完了後、1株当たりの利益が実質ベースでは買収完了後1年以内に増加、財務ベースでは3会計年度内に増加」「のれん(4兆円—4・4兆円)および無形資産(6・3兆円—6・7兆円)の減損リスクが低い」等々。
一見、着々と買収後の「リーディングカンパニー」への発展に向けた準備が進んでいるような印象を受ける。武田はこの見通しを実現し、失敗が大半だった日本企業による海外大型M&A(企業の合併・買収)の無残な歴史に、輝ける成功体験を記すことになるのだろうか。
既に、前述の「武田薬品の将来を考える会」は10月1日、同月末日までを回答期限に「シャイアー社買収案件に関する臨時株主総会へ向けての公開質問状」を提出したが、ウェバーによれば「質問には今回の(プレゼンテーション資料の)新たな情報で答えられる」と、余裕を見せていた。だが、誰しもがそれほど未来はバラ色なのかという疑問を抱くだろう。なぜなら市場は武田の楽観ぶりとは逆に、その前途には希望など見出せないのを察知していると考えられるからだ。
年初から、今年10月1日までの株価の増減率を見ると、武田はマイナス28%と惨憺たる数字となっている。今年1月には6000円台だったのが、今や4500円台の前後を上下しているのがやっと。だが競合他社は、エーザイが70%、第一三共が57%、アステラス製薬が36%と対照的に好調だ。武田だけがマイナスであるという事実は、疑いようもなく市場の武田の買収に対する悲観論を示していよう。
その背景の一つとして、武田がシャイアーを買収するメリットに関し、時間が経つにつれて危うい観測しか生まれてこないという事実が挙げられる。例えばよく指摘されることだが、ウェバーは6月の定例株主総会で、「シャイアーの買収によって……収益力と研究開発力の高い製薬企業になる」という点を何度も強調していた。だが、話は突然違い始めた。
その後、ウェバーは『日本工業新聞』のパブリシティ記事のような「和魂洋才 世界のリーダーへ」と題した武田の連載シリーズの16回目「買収で創薬力は高まるか」(18年10月24日付)に登場し、次のように語っている。
「『シャイアーは、それほどリサーチには投資していない』。ウェバーは、シャイアーを買収した狙いの一つは同社の創薬研究者がほしかったからか、と問われてこう回答した。シャイアーは希少疾患に強いことで知られるものの、開発品や製品は『ほとんどの場合、(他社から)導入したり買ってきたりしたもの』(ウェバー)であり、自社で創薬をする能力が高いわけではないようだ」
いくら投資しても創薬は鳴かず飛ばず
ならば、どうひいき目に見ても無理筋の買収に向けて、武田がブレーキの効かなくなった暴走車のようになっているのはなぜなのか。
「武田がシャイアー買収で得られる短期的なメリットには、年間30億㌦(約3000億円)を基準としてきた研究開発費の増加も挙げられる。買収で事業規模が拡大することに伴い、研究開発費は『4000億円以上をかけることができる』(ウェバー)」(同記事)
だが、武田がこれまで「年間30億㌦」投じようが「創薬」は鳴かず飛ばずで、そのために大型M&Aにまで手を出さざるを得なかったはずだ。「研究開発費」が1・3倍程度に増えたからといって、何か画期的な「リサーチ」の転換が生じると考えるのは楽観的過ぎよう。
しかも、17年度の武田の医療用医薬品事業の売上収益見込みは1兆7450億円で、シャイアーは1兆6980億円規模なのに、合併後の「研究開発費」が1000億円ほどしか増えないというのは奇妙だ。それだけ、シャイアーは「リサーチには投資していない」ということなのだろうが、なおのこと「4000億」という額に期待するのは愚かだろう。
何のことはない。仮に買収が正式に実現しても、武田は次の買収に奔走し続けることになるはずだ。これまで拡大してきた、シャイアーの軌跡のように。(敬称略)
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