——福島県で梅毒が急増した理由は? 梅毒以外の性感染症の現況についても教えてください。
山本 確かな原因は分かりませんが、震災後、除染作業員向けの風俗(デリバリーヘルス)が増えたと言います。また、個人で客を取っている女性もいたようです。実際、そうした女性達の車が駐車している光景も見られました。現地ではパチンコくらいしか作業員達が気晴らしできる場所、娯楽がなかったのです。梅毒は昨年の報告数が44年ぶりに5000件を超えましたが、それでも淋菌やクラミジアの方がまだまだ多いです。クラミジア感染症は約2万5000人、性器ヘルペスが約9300人、淋菌感染症は約8100人です。しかも、これは氷山の一角にすぎません。
梅毒は全ての病院に報告義務がありますが、それ以外の感染症については特定の医療機関のみ報告義務があります。また、性感染症は症状を自覚しづらい場合も多く、病院に行かない人もいるでしょう。パートナーがいる人は、どちらも治療しなければならないので、言いづらいでしょうね。どちらかだけが治療しても、パートナーが変われば、またどこかで感染する可能性があります。学会の報告を見ていると、クラミジアなどは厚労省発表数字の5倍くらいの患者がいるのではないかと言われています。
——他の人も感染させてしまうこと以外に、性感染症は何が問題なのでしょうか。
山本 男女ともに不妊症の原因になりかねないことが大きな問題です。卵管や子宮頸管、さらには骨盤内に炎症を引き起こし、精子や卵子の通り道を塞いでしまうからです。例えば、クラミジアは不妊症の原因の2割を占めていると推定している研究者もいます。防ぐには、早期発見・早期治療しかないのですが、性感染症によって不妊症のリスクが高まるということを知らない人が多いのです。
ピルによる避妊では性感染症を防げない
——性感染症に取り組むようになったきっかけは?
山本 医学生時代は貧血をテーマに研究していて、『貧困大国・日本』(光文社新書)という本も上梓させていただきました。卒業後も女性の健康をテーマに取り組んでいきたいと漠然と考えていました。産婦人科医として研修していた福島県南相馬市に残りたかったのですが、それが難しいと分かり、自分の名前で活動できるような「女性のための総合医」を目指そうと考えました。目の前の病気を治してあげたいというのと同時に、啓発もしていきたいという思いがありました。ある時、数年ぶりに再会した友人から「ずっとピルを飲んでいたけれど、性感染症になった」と打ち明けられました。ピル以外に避妊はしていなかったそうです。
彼女は初期症状の下腹部痛を感じて婦人科を受診したところ、クラミジアであることが分かったのです。私自身もピルを服用していたので避妊はできていましたが、性感染症についてはノーマークでした。身近に性感染症にかかる人がいて、衝撃を受けました。性感染症になると、不妊のリスクが高くなるということは知識としてあったものの、それを身近な問題として捉えることはありませんでした。女性の健康を考えた場合、貧血だけではなく、性感染症についても医療に携わる者として伝えるべきだろうと考えるようになりました。貧血や性感染症は死に直結する病気ではないので、それだけで検査を受けに病院に来る人は少ないのです。
出会い方の変化が性感染症増加の一因
——性感染症への意識は一般的には低いですね。
山本 医師3年目の終わり頃から都内駅ナカにあるナビタスクリニックでお手伝いしていますが、アフターピル(緊急避妊薬)をもらいにくる女性が多いですね。アフターピルをもらいにくるということは、コンドームを付けていなかったり、ゴムが破れたりしたと考えられるので、性感染症のリスクがあるわけです。そのことを伝えると、「性感染症って何ですか」「検査って受けなければ駄目なんですか」という反応が多いことに驚きました。また、不妊症のリスクだけでなく、子宮頸がんへの意識も低いですね。子宮頸がんはHPV(ヒトパピローマウイルス)感染が原因ですが、主に性交渉による感染です。
——日本ではHPVワクチンの接種に賛否が分かれています。
山本 世界的にはワクチンの効果が認められていて、否定的な意見があるのは日本だけです。子宮頸がんにかかるのは女性だけですが、その原因となるHPVには男性も無関係ではありません。海外では男性でもワクチンを打つ人がいますし、週末になると当クリニックにはわざわざ中国から女性らがツアーを組んで接種しに来院します。子宮頸がんを含め、日本人はワクチン接種率が低いです。
——今はネットで情報過多の時代なのに、知識不足というのも皮肉ですね。
山本 知識があっても自分には関係ないとか、自分は大丈夫だとか思っているのでしょう。最近はスマホの出会い系アプリなどで、これまで交わらなかった人と簡単に交わるようになったことも、性感染症が増えている原因としてあるようです。昔のように風俗店に遊びに行くということではないので、今の方がよりリスクが高くなっています。
——性感染症のリスクを伝えるためにどのような活動をしていますか。
山本 自費で手作りの冊子を作って、予防と定期的な検査の重要性を訴えています。ネットにも情報はたくさんありますが、自ら関心を持ってキーワードを入れて検索しなければ、情報にたどり着きません。そこで、分かりやすい冊子を作ってみました。今は5種類ですが、今後少しずつ種類を増やしていきます。一般的に病院で配布している冊子は、高血圧とか糖尿病に関するものなどが多く、性感染症関連は少ないのが現状ですから。効率的な配布の仕方がまだ分からなくて、フェイスブックに載せたり、誰かに会う時に渡したり、クリニックにも置いていただいたりしています。たまたま冊子を見た採血などの検査会社から配布に協力しますと言っていただいたこともあります。
今後は動画での配信も考えていますし、性感染症の知識を問う「検定」みたいな形にできれば、気楽に学びながら情報を得られるのではと考え、コンテンツを企画中です。性感染症の問題は、年齢の離れた方に指摘されても、なかなか響かない部分もあると思います。例えば、ピルに関しても私自身が服用していてどうだったかということを話せば、特に同世代の女性は真剣に聞いてくれます。理屈だけでは伝わらない部分にこそ、女性の私が入っていくことに意味があると思います。
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