自民党総裁選は安倍晋三首相の3選が濃厚となり、東京・永田町では、3選後を睨んだ権謀術数が始まっている。トピックは「さんいん」である。漢字で書くと「参院」と「山陰」。前者は、来年夏の参院選であり、後者は安倍首相との一騎打ちに臨む石破茂・元幹事長と、その支持を巡る竹下派の動きを指す。石破氏は鳥取県、竹下派会長の竹下亘・総務会長は島根県が地盤であり、安倍一強に抗する「山陰の乱」の行方に耳目が集まっている。
「何か言うとにらまれる、人事で不利になる。忖度の集合体みたいだ」
石破元幹事長は7月末のラジオ番組で、安倍一強が続く党内には息苦しさがあると吐露した。有力候補の一人と目されていた岸田文雄・政調会長が総裁選出馬を断念したすぐ後だった。党内では、安倍首相周辺が「出て負けたら、岸田派は冷遇する」などと恫喝したとの情報が駆け巡っていた時期で、安倍一強に対する党内の不満を代弁した格好だった。
圧勝を狙う安倍首相は、地方票の取り込みを狙い、公邸に地方議員らを招いて会食を重ねていた。地方票は石破元幹事長のいわば生命線。石破元幹事長にすれば、一国の宰相がなり振り構わず、息の根を止めに来たように映ったようで、「これが権力者の姿なのか」と周囲にこぼした。
岸田政調会長の出馬断念により、国会議員票では安倍首相の圧勝が確実視されている。一方、地方票はこれまで石破元幹事長の善戦が伝えられてきたが、安倍首相の激しい攻勢にさらされている。党内では「安倍首相は石破元幹事長を日干しにする気だ」との観測まである。
「次の次」に勝負を賭けた大博打?
ところが、「身体に危険」とまで形容された灼熱の8月初旬、石破元幹事長に干天の慈雨をもたらす動きが顕在化した。総裁選での立場を留保してきた竹下派の一部から、石破元幹事長支持の狼煙が上がったのだ。仕掛け人は、この欄で3月に紹介した青木幹雄・元参院議員会長である。故竹下登・元首相のかつての秘書で、竹下派の〝陰のドン〟と呼ばれる。石破元幹事長とはそりが合わなかったが、昨年から関係修復が進んでいた。
青木元参院議員会長は7月25日、竹下派の参院を仕切る吉田博美・参院幹事長と会談し、「総裁選は石破でやれないか」と要請。これを受け、31日に同派の参院議員(21人)の幹部らが集まり、吉田参院幹事長への対応一任を決めた。青木元参院議員会長は竹下総務会長らとも個別協議を重ね、「石破支持」の流れを加速させた。
「5大派閥のうち、四つが安倍首相支持になった後で、支持をしても、安倍首相にとって有難味はない。総裁選後の組閣でも厚遇はされない。それなら、照準は〝次の次〟しかない。6年前に大勝したから来夏の参院選はどうやっても議席減だろう。その瞬間からレームダックだ。〝安倍降ろし〟が起こるはずだ。そこで主導権を握るための布石だ」
竹下派関係者は「青木戦略」について、そう解説する。
「3選しても来年の参院選まで」との〝余命観測〟は反安倍派の常套句だ。しかし、選挙は魔物であり、参院選で自民党が大勝することだってあり得ないことではない。「策士の中の策士」と呼ばれた青木元参院議員会長の腹はなかなか読み切れない。
自民党OBが語る。
「幹さん(青木参院議員会長の愛称)は緻密なギャンブラーなんだ。5大派閥で最後まで安倍首相の支持を明確にしなかったことには一流のソロバン勘定と、博打勘があったんじゃないか」
このOBが描く青木戦略の概要は、次のようなものである。
まず、安倍首相3選が既成事実化し、これといってニュースのない永田町に竹下派が中心の話題の渦を作る。衆目が集まることで、安倍首相周辺を揺さぶり、動きを見定める。ここまでが第一弾で、目的の半分はこれで達成されるのだという。
党内は石破元幹事長の票の出方に注目
確かに、安倍首相周辺の一部は、〝青木トラップ〟にかかり、「竹下派が石破支持なら、来年の参院選で刺客を擁立する」と息巻き、党内の顰蹙を買った。「次の次」の最有力候補とされる小泉進次郎・筆頭副幹事長ら無派閥勢力は態度を決めていない。首相官邸が反旗を翻した竹下派にどう対処するのかをじっくりと見ている。「竹下派の乱」以前とは、党内の空気がガラッと変わった。
「安倍首相が竹下派と完全に敵対するのなら、それはそれでいい。石破元幹事長と組んで党内に反安倍の牙城を築く。3選という史上初の偉業を成し遂げたはずの安倍首相は党内に明確な敵対勢力を抱えることになる。安倍首相も穏やかじゃないだろう。安倍一強は明らかに変質せざるを得ない。この変化は、ポスト安倍にも影響を与えるはずだ」
自民党OBは、青木戦略は「政治の局面」を転換することにあるとみている。「局面の変化は、予期しない化学反応を伴うことがある。そこが幹さんの博打の部分だろうな」。参院選後、さらにはポスト安倍選びを見据えた上での一手が「山陰の乱」ということのようだ。
そのポスト安倍の見通しだが、岸田政調会長が出馬を断念するに当たって、安倍首相側とどのような話し合いをしたか。端的に言うと、安倍首相並びにその支持勢力と、「後継」の約束を交わしていたのかどうかが焦点となっている。
自民党内には両論あるが、「安倍首相は言質を与えるような性格じゃない。密約はないだろう」(自民党幹部)との見方が存外多い。
この幹部は、安倍首相による「禅譲」を否定した上で、「過去に禅譲が成功した試しはない。総裁、首相の座というのは己の力でもぎ取るものだ。岸田派は、昔の宏池会、公家集団と言われた弱腰の団体だ。かつては、英才が集まり、周囲が担ぐこともあったが、今はそんな時代じゃない。戦略を誤ったな。岸田の芽はないんじゃないか。竹下派はそこも踏まえてやってんだろうな」と思わせぶりに語った。
岸田政調会長の地元・広島県は、西日本豪雨の被災地だ。自民党関係者によると、「岸田さんは対応が遅い」との不満も寄せられているという。
原爆の被爆地である広島は元々、安倍首相のようなタカ派を嫌う傾向が強い。岸田政調会長と安倍首相の蜜月を喜ばない人も多いらしい。広島県の自民党支持者の間では、「隣県の石破さん(元幹事長)に頑張ってもらうしかない」との声も出ているという。
「まあ、総裁選の結果を見てからだが、石破元幹事長の票の出方で、今後の政局の行方は随分変わってくる。注目だな」。自民党長老は、べた凪とされる総裁選が実は大きな転機になるかもしれないとみている。
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