「森友」スキャンダルの泥沼から何とか抜け出したい安倍晋三首相。得意の「安倍外交」で挽回を図りたいところだが、朝鮮半島問題では置き去りにされ、頼みの綱の米国とは貿易問題が懸念材料に浮上した。与党内では「余命」を見切ったかのように公明党が後ずさりを始め、自民党内でも政権批判の声が高まっている。総裁3選への道にもやがかかっている。
「北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長はやはりただものじゃないな。彼の中国への電撃訪問で、東アジアは『冷戦時代の構造』に引きずり込まれてしまった。米中の貿易戦争や欧米とロシアの対立を逆手にとって、局面を転換してしまった。憎らしいほどの手並みだ」
外交問題に詳しい自民党幹部は感嘆と憎悪の入り交じった複雑な顔で語った。金委員長の電撃訪中は3月26日だった。森友問題に関する佐川宣寿・前国税庁長官の証人喚問の前日である。報道で明らかになったのは証人喚問の翌日、28日だった。森友問題一色の首相官邸は外交の感度が低く、事前情報をつかんでいた米国や韓国からさえ連絡をもらえなかった。自民党の二階俊博・幹事長らの対中パイプも機能せず、党内の親中派の間では「中国、韓国とうまくやってこなかった安倍外交のつけが回った」との声が漏れた。
北朝鮮問題で置き去り、貿易摩擦も浮上
親中派の中堅議員が語る。
「安倍首相とトランプ大統領は蜜月だと言われてきたが、肝心な場面でホットラインが機能しない。トランプ大統領のことだから、『北朝鮮情報が欲しかったら、貿易赤字の解消をちゃんとやってね』という含みだったのかもしれないが、万が一、北朝鮮への軍事オプションが発動されれば、大きな被害を受ける日本に重要な情報がもたらされないのなら、日米関係の根幹が揺らぐ話だ」
外交専門家の間では「4月の日米首脳会談の際に、中朝首脳会談の結果も踏まえてじっくり話せばいいのだから、緊急連絡することもないとの判断だったのではないか」との見方が根強い。
しかし、軍事オプションを持たない島国にとって、刻々と変わる世界情勢の把握が生命線であることは間違いない。米国、中国、韓国が知っている情報を察知できなかったことは、政府の失態と言っていい。
その中朝首脳会談の評価は様々だが、政府・与党内では「北朝鮮は核開発を止めるつもりは毛頭なく、米国と中国の覇権争いに乗じて、対中カードを切り、時間稼ぎに出た」との受け止めが大勢だ。「北は真実を語らない」という対北朝鮮外交の経験がベースにある。
首相官邸関係者が語る。
「金委員長が言及したのは『朝鮮半島の非核化』であって、『北朝鮮の非核化』ではない。韓国から米軍がいなくなれば、北朝鮮の核武装は不要になる、と言っているに等しい。これが肝なんだ。これは中国にとっても望ましい姿と言える。中国の習近平・国家主席は『不戦不乱』と言っている。今のままが望ましいということだ。北朝鮮が非核化され、半島での米国の影響力が強まるのが最も嫌なんだ。元スパイ暗殺事件で欧米から批判されているロシアも同じ。半島で中国・ロシアと米国がにらみ合う『冷戦構造』の再現と言われるのは、そのためだ」
5月末とみられる米朝首脳会談の後に、金委員長がロシアを訪問し、プーチン大統領と首脳会談を行うとの情報もある。金委員長の「劇場型外交大作戦」は、東アジア情勢を冷戦構造に引き戻し、中国・ロシアを味方に引き入れるのが狙いだとの見立ては正鵠を射ているのもかもしれない。
米朝の電撃首脳会談決定で痛打をくらった安倍首相だが、外交実績という点では人後に落ちないのも確かだ。起死回生の外交戦略を練り上げている。
今年の外交日程はかつてないほど過密だ。最も重要なのは4月17〜20日の訪米であることは言うまでもない。トランプ大統領との首脳会談では、鉄鋼・アルミ輸入制限措置に伴う追加関税適用などの貿易交渉の他、風雲急を告げる東アジア情勢への対応、特に北朝鮮問題が主要な課題だった。
安倍首相は「北の非核化」に加え「拉致問題解決」を働き掛け、呼吸を合わせた上で、6月上旬にも小泉純一郎首相以来となる日朝首脳会談にこぎ着けたい意向とされる。
しかし、秋の中間選挙を控え、国内の人気取りをしたいトランプ大統領は貿易交渉で成果を得たい考えで、「これまでのような甘い対応は期待できない」(外務省関係者)との厳しい見方もある。日米の貿易交渉の行方についてツイッターで「(日本政府の)笑顔を見ることは少ないだろう」と不気味な書き込みをしており、難しい協議になることが予想された。
ただ、首相周辺からは楽観的な声も聞こえる。「今回もトランプさんの別荘のあるフロリダ州の『マールアラーゴ』での会談だった。三度目の首脳ゴルフも行った。トランプさんは国内向けに厳しい発言をしているが、あの2人の関係は特別だ。貿易問題はやや厳しいことになるかもしれないが、北朝鮮問題で共同歩調をとることは間違いない」。
5月の連休明けには日中韓首脳会談の東京開催を模索中だ。金委員長にくさびを打ち込まれた日中韓連携の再構築が狙いであることは言うまでもない。5月下旬にはロシアのプーチン大統領との首脳会談が予定されている。「金委員長の電撃作戦で揺らいだ秩序を丁寧に補修し、世界に安倍外交の存在感を示す」。首相周辺は安倍首相の意気込みを代弁するが、自民党内には「北朝鮮問題で日本とロシアは控え選手。出る幕はないんじゃないの。取らぬ狸の皮算用にならなければいいが……」との冷ややかな見方もある。
疑惑噴出止まず、公明党は後ずさり
森友スキャンダルで内閣支持率が大幅ダウンしたことで与党内の空気も様変わりした。顕著なのは公明党の姿勢だ。森友スキャンダルの徹底解明を掲げ、「佐川前長官の証人喚問」で幕引きにしたい自民党との温度差が目立っている。菅義偉・官房長官、二階幹事長らが取りなしているが、昨年の衆院選で議席を減らした恨みも重なり、公明党の「安倍離れ」は無視できなくなってきた。
厚生労働省、財務省に続き、防衛省の「日報隠し」が露見。官僚機構を統括できない安倍政権の姿も浮き彫りになった。さらには、加計学園の獣医学部開設に首相秘書官が関与したとの疑惑も浮上し、「モリカケ疑惑」に再び火が付いてしまった。
「ライバル不在」が安倍首相の最大の強みだが、ここに来て、「小泉進次郎・筆頭副幹事長と石破茂・元幹事長が総裁選で連携する」との噂も飛び交い、年初の「安倍1強」は大きく様変わりした。5年4カ月に及ぶ第2次政権で、幾度となく危機を脱出する契機となってきた「安倍外交」で今度も活路を開けるかは極めて微妙だ。
LEAVE A REPLY