資格取得に曖昧な点残した厚労省にも責任
精神障害がある患者の強制入院や拘束などの要否を判断する「精神保健指定医」の指定を巡り、指定取り消しの処分を受けた医師と処分した厚生労働省の間のゴタゴタが続いている。東京や大阪などで指定医取り消しの無効を求める訴訟が起きている他、医道審議会の処分が執行できなくなるなど、事態は混迷を深めている。
精神保健指定医の問題が最初に明るみに出たのは2015年4月、聖マリアンナ医科大病院(川崎市)が発端だ。同病院では長年、複数の医師が同じ患者の症例を使い回すなどの不正な方法で精神保健指定医の資格を取得していた。先輩のケースリポートをコピーし、それを元に後輩がリポートを書くなどの方法が採られ、指導医もそれを黙認していた。
この事態に驚いた厚労省は、こうした不正な方法で資格を取得していた医師が他の病院にもいないか、過去5年に遡って調査。精神保健指定医の資格を取得した医師のケースリポートをデータベース化し、同じ患者の同時期のリポートを複数の医師が使い回していないかを調べ始めたのである。
同病院ではなぜ、ケースリポートが使い回されてしまったのか。あってはならないことだが、その理由として同病院では精神保健指定医の資格を早く取ることが奨励されていたようだ。地域の実情によっても異なるが、精神科を持つ大学病院など大病院で長く務めるには、精神保健指定医の資格は必須。地域の精神疾患の患者を一手に引き受けていた同病院では、資格取得の必要性が大きかった側面は確かにあるのだろう。
しかし、精神保健指定医は、精神疾患の患者を本人の同意なしに強制的に入院させたり、入院中に身体↖を拘束したりする要否を判断する患者の人権に対する強い権限を持つ。その資格取得は厳格に行われるべきで、だからこそ厚労省も過去に遡って調査するという強い姿勢を見せたわけだ。
不正取得に「相模原」判断の医師も
そして、厚労省の調査により新たに99人が同様の不正を行っていたことが発覚する。この中には、神奈川県相模原市の障害者施設で入所者を殺傷した元職員の植松聖被告=殺人罪などで起訴=の措置入院の可否を判断した医師の1人も含まれていた。関係者によると、この医師は相模原の事件発覚後に自ら資格を返納しており、その後に厚労省の調査で「不正取得」だったと認定されたようだ。
厚労省は16年10月、この医師のように資格を自主返納したり審査に通らず資格を取得できなかったりした医師を除く89人の精神保健指定医の資格を一括して取り消す処分を下した。聖マリアンナ医科大病院ほどではないものの、それでも全国の複数の医療機関で不正が行われていたことが明るみに出た。
全国紙記者は「処分を受けた医療機関や自治体などが行った調査では、不正取得した医師が強制入院などに当たり、不適切な判断をした例は見当たらなかった」と語るが、精神保健指定医に対する信頼は著しく損なわれたと言ってよい。
一方、資格を取り消された医師も動いた。「聖マリの件は、ケースリポートをまるまるコピーしたという完全なる『不正』で、しかも長年行われてきた。しかし、その後の調査で分かった『不正』は、十分な関わりを持たなかった患者の症例をリポートにした、または指導医としてそれを認めた、というものが多い」(厚労省関係者)。処分を受けた関東地方の病院医師は、「大きな病院の多くはチーム医療で患者をみており、同一患者の担当医も複数いる。同一時期の同一患者の症例が複数の医師からリポートとして提出されていてもおかしくない」と反発する。
厚労省は「十分関わった患者であれば、カルテに何らかの記載をしているはず。そうした証拠がないまま、十分に関わりがあったということはできない」と主張したが、処分を不服とする医師が処分の無効を求めて東京や大阪で提訴する事態となった。
医療担当記者によると、争点の一つは「指導医」に対する資格取り消しだという。指定医を取り消された医師には、関わりの薄い患者のリポートを出して資格を取得したとして取り消された医師の他に、そうした行為を十分に指導しなかったとして、リポートに署名をした指導医も複数含まれる。指導医はケースリポートに指導医として署名をしており、「知らなかった」わけがない。
「医業停止」執行停止の例も
だが、指導医の間には「精神保健指定医の資格を申請するに当たり、申請者には一定の条件があらかじめ示してあったが、指導医にはなかった」と疑問の声が根強い。申請者本人が条件を守らなかったために申請を却下されたり、資格を取り消されたりするには根拠がある。だが、指導医については、それがない。指導医はどんな業務をするものなのか、どんな不正をしたら精神保健指定医の資格が取り消されるのか、そうした基準が少なくとも表向きは何も提示されないまま、指定医資格の取り消しという処分が下された。
指定医の取り消し処分を受けると、一般的に5年間は再申請が難しく、ベテランの指導医の中には定年となってしまう医師もいる。地域で強制入院の可否を判断する患者がその間、待ってくれるわけもなく、今回の大量処分により精神科医療に多大な影響が出ている地域もある。
さらに、厚労省は今年になり、指定医の資格を取り消されたり、自主返納したりした医師ら計65人(3月7日時点)を医業停止1〜2カ月や戒告とする処分を医道審議会で決定した。
聖マリアンナ医科大病院の際は、指定医取り消し処分の半年後には医業停止処分を下していたが、今回は1年以上たってようやくの処分だ。
医療担当記者は「表向きは処分者の医療機関が多岐にわたり、調査に時間がかかったと説明しているが、処分者や医療機関に厚労省の調査や確認があったとの情報もない。これ以上先延ばしにしていては、半年で決着した聖マリとの間に差が付き過ぎるため、とりあえず前例踏襲の処分を決めたのでは」と推察する。
その結果、医業停止1カ月の処分を受けた神奈川県の医療機関に勤務する医師(指導医)が東京地裁に処分の執行停止を申し立て、2月に認められた。係争中の医師の多くは処分が戒告だったため、診療できないなどの〝実害〟はなく、執行停止を申し立てる例は少ないとみられる。
ただ、精神保健指定医取り消しという大本の処分が裁判で覆った場合、不正取得を理由として行った医道審の処分の根拠がなくなることになる。目下、厚労省は「粛々と裁判に対応する」としながらも、指定医の指定に関して見直し作業を進めている。厳格に行われるべき資格取得に曖昧な点を残してきた厚労省の責任が重いことは間違いない。
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