喫煙を認めるのは「既存店」というのがポイント
2020年東京五輪・パラリンピックを前に急がれていた受動喫煙対策が今国会で前進しそうだ。データ問題から大もめにもめている「働き方改革関連法案」を尻目に、今国会で可決間違いなしとされている。受動喫煙対策の「強化」を謳いながら、多くの飲食店では喫煙を認める内容に、〝禁煙派〟を中心に腰砕けだと批判が上がる。ただ、ここには「厚生労働省の深謀遠慮が透↘けて見える」と専門家は指摘する。
「省内からも原理主義者と揶揄されていた塩崎恭久前大臣が交代したら、あっさり前進した」と厚労省担当記者が語るように、受動喫煙対策を強化する健康増進法の改正案は2月、加藤勝信大臣の下、自民党厚労部会で修正案が了承された。
「前回は、『建物内原則禁煙』を譲らない塩崎氏の意向と、飲食業界やたばこ業界に配慮する自民党議員との溝が埋まらなかった。塩崎氏の前任の田村憲久元厚労相が仲裁に乗り出したが不発。『あれは駄目だ』と塩崎氏に呆れていた」(担当記者)。
肺がんなど受動喫煙による健康被害は科学的に指摘されており、望まない受動喫煙の防止は世界的な潮流である。特に、東京は2020年に五輪・パラリンピックの開催を控えている。過去、五輪開催都市の多くが罰則付きの受動喫煙対策を進めてきたことを考えると、東京だけ例外を許すわけにはいかない。厚労省が対策強化の根拠としてきた世界保健機関(WHO)のランクでも、日本は受動喫煙対策で最低ランクとなっており、対策強化は急務だ。
東京五輪・パラリンピック開催の前年には、ラグビーのワールドカップも開かれる。厚労省は昨年の通常国会で、罰則付きの受動喫煙対策を進めようとしたが、前述の通り、↖自民党議員との溝が埋まらずに提出ができなかった。その後の内閣改造で塩崎氏から加藤氏に厚労大臣が交代し、加藤新大臣は満を持して健康増進法改正案をまとめ上げたわけである。
「受動喫煙禁止」範囲は大幅に緩和
その法案の内容はというと、柱となる「受動喫煙禁止」の範囲が昨年よりも大幅に変わっている。飲食店が「原則禁煙」というのは変わらないが、資本金5000万円以下で客席面積100平方メートル以下の既存店の場合は例外として喫煙を認める。面積30平方㍍以下のバーやスナックでのみ例外として喫煙を認めるとしてきた前回の案と比べると、大幅に緩やかになっている。
厚労省は「望まない受動喫煙を防止する」という観点から、未成年者は従業員であっても喫煙可能な場所には立ち入れないとしている。違反した飲食店や喫煙者には罰則を設けて厳しく対応する方針で、灰皿を撤去しないなど対策を怠った施設管理者には、最大50万円の過料を科す。罰則が付くことにより、WHOの規制状況の区分も1ランク上がることになる。
ただ、東京都などのこれまでの調査を勘案すると、「例外」に当たる飲食店は最大で55%程度に上る。過半数の店舗が「例外」として喫煙可能になるということだ。もっとも「既存店でも、店の方針として禁煙にしているところは多い。実際に過半数の店舗でたばこが吸えるわけではない」と厚労省関係者は語る。喫煙ができる店は「喫煙可」などの表示が義務付けられており、受動喫煙が嫌な客は、店に入る前に避けることができる。
緩やかなのは、店舗だけではない。学校や病院、行政機関などの公的な場所は原則敷地内禁煙とするが、屋外で必要な措置を取れば、喫煙スペースの設置を認める。職場やホテルも飲食店と同様に原則屋内禁煙とするが、喫煙専用室を設置してその中での喫煙は認める。飲食店の喫煙専用室では、飲食は認めない。
もちろん、この新たな改正案には昨年の改正案を高く評価していた三原じゅん子・自民党参院議員らから「相当な後退だ」などと非難の声が上がった。自民党内での調整がまたも紛糾するかと思われたが、三原氏ら規制派でつくる「受動喫煙防止議員連盟」(会長=山東昭子・元参院副議長)は党内では少数派。結局、「自民党のいつもの絶妙な合意形成方法で、会議はそこまで紛糾することなくまとまった」(政治部記者)という。2020年が迫り来る中、「まずは前に進めることが大事」(自民中堅議員)との合意があったからだろう。政府は東京五輪・パラリンピックまでに全面施行となるよう今国会に法案を提出する。
一方の厚労省側の反応はどうか。担当記者によると、「塩崎氏の下で調整に奔走した職員は、今回の案があっけなく合意となったことで、まずはほっとしている」という。だが、国際水準からすれば低い日本のたばこ対策をそのまま放置することは、国民の健康を守る省として問題ないのだろうか。
2割の既存店が2年で新規出店へ
これについて、あるフードジャーナリストが厚労省の狙いを読み解く。
「この法案が喫煙を認めるのは、『既存店』というのがポイントです。面積が狭かろうが個人事業主であろうが、新規の店舗では喫煙は認められない。実は飲食産業の移り変わりは激しく、2年で全体の2割が新規店舗に変わるといわれている。特に激戦区の東京では、店の客足が鈍ってくると、同じ経営者であっても違う店にリニューアルすることがよくあります」。新規店としてオープンすれば、メディアで取り上げられることになり、新しいもの好きの客がまた集まるというからくりだ。
厚労省もこの点は認識しており、議員説明用に作った資料に「2年間で全体の約2割弱、5年間で約3割強が新規店舗となる」と記している。新規店舗が喫煙を可能とするためには、煙が外にもれない「喫煙室」を設置する他ない。喫煙室では飲食ができず、未成年の従業員を立ち入らせてはならない。設置費用やその他の対策の必要性を考えれば、新規店舗が喫煙室を作ってまで喫煙客を取り込もうとする可能性は低い。「結果として、数年たてば多くの飲食店は禁煙になっているでしょう」(前出のフードジャーナリスト)。
では、飲食店以外はどうか。東京都の千代田区や品川区は路上喫煙を禁止する条例を持つなど、日本は屋外での喫煙に厳しいお国柄だ。しかし、海外では屋外の規制はほとんどない。建物を全面禁煙にしても成り立つのは、外に出て吸う選択肢があるからなのだ。
ある医療関係者が解説する。「健康に害をもたらす受動喫煙は、密閉された空間でたばこの煙を吸うことを指す。確かに、路上で前を歩く人からたばこの煙が流れてくるのは気持ちの良いものではないが、歩く場所を変えれば良いし、煙を少し吸い込んだところで、一時的であれば健康への被害はないに等しい」
厚労省が屋外での受動喫煙について、今後対策を取る必要性に迫られる可能性は限りなく低い。厚労省の長期的戦略で、受動喫煙問題は一件落着となりそうである。
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