医療法人社団耕生会 丸橋全人歯科理事長、「良い歯の会」主宰
軟らかな加工食品中心の食生活を送ることで、現代人の顎や歯は大きな問題を抱えるようになった。歯周病の治療に取り組む中から、その事実に行き当たった丸橋賢氏は、食生活を改善することや、全身の骨格にも影響する噛み合わせの調整などを重視する全人歯科医学を提唱。臨床現場で実績を積み上げてきた。口の中だけの問題ではなく、現代人の健康に深く関わる問題だという。
——全人歯科医学に取り組むようになったきっかけは、どんなことだったのですか。
丸橋 私が歯科医院を開業したのは1974年ですが、その頃、歯周病が大きな問題となっていました。治せるものは少なく、どんな治療を行っても、すぐに再発してしまいます。そういう歯周病に対して、歯科の世界では難治性歯周病という無責任な病名をつけていました。なんとかしたいと、有名な先生方の講義を聞きに行きましたし、実習も受けました。当時の最先端の歯科医学です。しかし、全く効果が出ませんでした。結局、何をやっても治せなかったのです。みじめなものでした。その時、私が考えたのは、こんなに効果がない治療というのは、根本的に間違っているに違いない、ということでした。そこがスタート地点でした。
——当時の歯科医学の常識は間違っていた?
丸橋 当時の定説では、原因はプラーク(歯垢)とされていました。だから、時間をかけて歯磨きをすることが推奨されていたのです。30分磨き、1時間磨きなどということが流行っていました。そんなことをしても、良くなるはずがありません。このように、どんなに治療をしても治らない人がいる一方で、歯磨きなどいいかげんなのに、歯周病に全然ならない人もいます。一体何が違うのか、
自分で調べてみる必要があると感じました。
——何が違っていたのですか。
丸橋 体質が関係していそうだということで、患者さんを対象にいろいろ調べました。二千数百人の血液を調べ、食事を分析し、視力や体表の温度など、関係のありそうな項目について調べていきました。すると、歯周病になる人とならない人は、何が違っているのかが段々明らかになってきました。最も影響が大きかったのは食べ物です。厚生労働省が推奨している栄養バランスがありますが、歯周病にならない人は、それに比べ、ビタミン、ミネラル、食物繊維が突出して多く、脂肪やたんぱく質はやや控えめでした。このパターンが歯周病になりにくいのです。逆に、歯周病になって、どんどん進行してしまい、治療しても治らない人は、脂肪やたんぱく質が多く、ビタミン、ミネラル、食物繊維が不足しています。このような食事のままでは、どうやっても良くならないことが分かりました。基本となるのは食事だったのです。
——食事によってそんなに違うのですか。
丸橋 海外での調査も行いました。例えばモンゴルでは、首都のウランバートルの人達と遊牧民について、食生活と口の中の健康度を調べてみました。すると、同じ民族であるにもかかわらず、軟らかい加工食品を食べるようになったウランバートルの人達と、伝統的な食事を続けている遊牧民では、顎の骨や歯に大きな違いが見られたのです。そして、食事が変わることで、歯周病の問題が生じてきます。ブータンでも、首都のティンプーと山間地で調べてみましたが、全く同じ傾向が見られました。首都には中国の食べ物がたくさん入ってきているのです。アフリカでマサイ族の調査もしましたし、キューバでも調べましたが、食生活と歯周病の関係は明らかでした。そうしたところに原因があるなら、口の中だけ治療していても良くなるはずがありません。そこで、人間の体全体のことを考える全人歯科医学が必要だと考えたのです。
ヒポクラテスから始まる全人医学
——先生が初めて提唱されたのですか。
丸橋 いや、そうではなくて、こういうことを言っていた人は、ずっと昔からいます。例えば古代ギリシアの医者、ヒポクラテスですね。紀元前46
0年頃ですから、日本では縄文時代後期です。そんな頃に、病気を治すためには、患部だけを見ていては駄目だ、人間の全体を見なさい、と言っています。また、病気というのは、その人が食べている食物、飲んでいる水、吸っている空気、さらに生き方などに深く関わっているので、それをそっくり変えなければ病気は治らない、と言っています。こうった全人医学(Whole Person Medicine)は、私が言い始めたことではなくて、いつの時代にもそれを解説している人はいます。
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