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未来の会

第17回「日本の医療と医薬品等の未来を考える会」 リポート

第17回「日本の医療と医薬品等の未来を考える会」 リポート
リスクが複雑化する時代における
医療のリスクマネジメントとリスクファイナンス
リスクマネジメントが日本の企業に浸透したのは、2000年代になってから。有事の際、いかに損害を少なくするかを目的として、対策が立てられるようになってきた。昨年の熊本地震で、ソニーは保険から200億円の補償を受け取っている。これに対し、東日本大震災の時のJR東日本は、膨大な額の損害保険に入っていたにもかかわらず、補償を受け取ることが出来なかった。まさにリスクマネジメントの差が出たと言っていいだろう。医療分野においても、リスクマネジメントが非常に重要になっている。8月23日の勉強会では、どのような対策を講じるべきなのかに加え、新しい保険の形態である「再保険」についても、植木貴之・東京大学政策ビジョン研究センター特任研究員と長尾義久・Vergil Asset Management会長の2人の講師に解説して頂いた。

 挨拶 
原田義昭・「日本の医療と医薬品等の未来を考える会」
国会議員団代表(自民党衆議院議員):
「私の選挙区である福岡県朝倉市で、7月に記録的な大雨が降り、それによって大きな災害が起きました。こうしたことは、予期していないときに起きるわけです。今日は、リスクに対して保険はどうなっているのか、というのがテーマです。皆さんのリスクヘッジに役立てていただければ、と考えています」

冨岡勉・自民党衆議院議員(医師):「再保険の仕組みはなかなか難しいのですが、要するに、再保険会社を通さずに、事業会社がもっといい契約を得れば、こういう仕組みは不要になるのだと理解しています。現在、ネット上で保険の一覧などが出ていますが、いずれは企業がかけるための高額な保険も、ネットで見られるようになるのだろうと感じています」

 勉強会採録 
企業のリスクマネジメント・
リスクファイナンスについて(植木貴之氏)

◆企業におけるリスクマネジメントの意義

 近年、企業の活動はグローバル化が進んでいますし、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)など情報技術の発達もあります。また、国際情勢の変化が激しく、日々いろいろなニュースが飛び交っています。さらに顕著な自然災害の発生などもあります。そのため、企業が直面するリスクは増大し、それぞれのリスクが相互に影響し合い、複雑化しているという現状があります。こうした状況の中で、企業がリスクをどう把握・評価し、対応していくか、ということを考えていかなければなりません。これがリスクマネジメントの第一歩です。

 特に安倍政権になってからは、企業のコンプライアンスはもちろん、ガバナンスの強化や企業の収益力、資本効率の向上といったことが強調されています。さらに、企業の社会貢献なども求められています。また、一人一人の従業員の働き方や健康をどうするのか、といった議論も盛り上がっています。企業に求められる役割や期待が増大しているのです。

 そういう環境下で、企業が適切に収益を上げ、経済や社会に対して役割を果たし続けるためには、様々なリスクを適切に把握し、その企業や事業への影響をマネジメントすることが求められています。企業として収益を上げることは当然ですが、経済や社会に対して、求められている役割を果たし続けるためにも、様々なリスクに対し、あらかじめ備えておくことが大事です。

◆リスクマネジメントの基本的な考え方

 リスクという言葉からは、事故や災害(ハザードリスク)、製品事故や不祥事(オペレーショナルリスク)など、ネガティブなものを連想しがちです。しかし、その本来の意味は、プラスマイナス両方向への期待からの逸脱や不確実性です。リターンを得るためにリスクを取るといった意味でのリスクも、きちんと踏まえておく必要があります。

 収益企業では、プラス方向のリターンをきちんと取っていかなければなりません。ネガティブなショックに対する危機管理に止まらず、許容するリスクの範囲を明らかにし、取るべきリスクは取り、避けるべきリスクは避ける、ということを考えていく必要があります。そういう視点に立つと、理想的なリスクマネジメントとは、企業の経営戦略と一体のものであるといえます。

 こうした守りのリスクマネジメントから、攻めのリスクマネジメントへの展開が必要であるといわれています。その一方で、近年は、甚大な自然災害の頻発、サイバーセキュリティリスクの増大、海外M&A(企業の合併・買収)の増加、地政学リスクの増大などを背景に、多くの企業においては、守りの意識が強くなり、マイナス事象にどう対応するのか、というところに止まっているのが実情です。

◆リスクファイナンスの基本的な考え方

 リスクファイナンスとは、広い意味では、全社的なリスクマネジメントを実施する上での、財務面や資金調達面での対応全般ということになります。その手法としては、保険やコミットメントラインなどの契約をあらかじめ結んでおくことが中心になりますが、それに限りません。比較的小さいリスクやよく起こる事象に対しては、自己資金で対応出来るようにしておくことも含まれます。それもリスクファイナンスだということです。

 リスクファイナンスを全社的に考える上で、その前提となるリスクマネジメントがまだ出来ていないというのが、多くの日本企業の実態です。制度上の課題や、金融側のソリューション提案の不十分さといった問題もあるとされています。

 また、適切なリスクファイナンスを実施するためには、リスクを定量的に把握し、適切な規模のファイナンス手法を検討することが求められます。これは極めて専門的な作業であり、こういったレベルできちんとリスクファイナンスを行っている企業は、未だ一部に止まっています。

 企業の稼ぐ力、資本効率の向上といった観点からも、リスクを前提とした資本政策、リスクファイナンスの必要性は高まっています。そういったことを最も求められている総合商社や、それ自体が本業である保険会社といった業態を中心に、取り組みが進んできています。

◆医療経営におけるリスクマネジメント・リスクファイナンス

 医療機関におけるリスクマネジメントは、収益企業のリスクマネジメントと同じではありません。医療機関は非営利法人であることに加え、地域医療供給体制の維持など、公的な役割を踏まえる必要があるため、民間企業におけるリスクマネジメントとは異なる点があると思われます。

 例えば自然災害が起きたような場合、収益企業はポイントを絞って復旧を図ることも出来ますし、落ち着くまで企業活動を停止することもできます。しかし、医療機関では地域の災害対策に基づく災害医療体制の構築など、収益企業とは異なる対策を考えていく必要があります。

 他方、今後は医療機関の経営においても、様々なリスクを適切に把握し、取るべきリスク、避けるべきリスクを峻別した上で、財務面を含めた対応をあらかじめ検討し、医療経営を考えていく必要があります。現在、医療機関が直面しているリスクには、少子高齢化や、地域によっては人口減少があります。さらに医療の技術革新などもリスクです。また、最近は医療従事者の働き方改革などもリスクであるといえます。

今注目される病院経営の
リスクマネジメント新手法
「キャプティブ(再保険)」解説(長尾義久氏)

 海外展開を図る医療機関や、国際競争にさらされている製薬企業や医療機器関連企業では、先進的なリスクマネジメントとリスクファイナンスを考えていくことが求められています。

 キャプティブ(再保険)は複雑な保険数理を駆使するため非常に難解です。そこで、今回は単純化して分かりやすく説明し、大きなリスクに対して、こうすれば経済的に備えていけるのだということを、お伝えしたいと考えています。

 2014年に大手教育出版社で個人情報の流出があり、話題になりました。その企業は現在でも裁判を引きずっています。個人情報漏洩に関して、過去の判例に基づいて支払いをすると、非常に高額な金額が必要になるとされています。日本の保険会社は、このような高額な個人情報漏洩保険を提供することは出来ません。しかし、再保険を使うことで、100億円、200億円、500億円といった補償にも耐えられるようなストラクチャーを構築することが出来ます。

◆キャプティブの仕組み——再保険とは?

 例を上げて説明します。建物を所有している事業会社が火災保険に入るとします。日本の損害保険会社Aに年間保険料として100を支払い、火災が起きた時、Aは事業会社に1000という保障を提供します。1000という補償を負担しなければならないAは、リスクを分担するため、損害保険会社Bと保険契約を結びます。お客様から100の保険料を受け取ったAは、そのうちの50をBに支払い、火災が起きたら、AはBから500の補償を受け取ります。

 Aは、再保険を掛けなければ、1000という保障を負担しなければなりませんが、Bに保険を掛けているので、500は入ってきます。従って、Aの最大のリスクは500で済むことになります。ここでいうBが「再保険会社」、AとBの間で結んでいる保険契約が「再保険契約」です。Bはほぼ海外の保険会社になります。例えばロイズ、AIG、スイス・リーといった大手保険会社です。

◆キャプティブの仕組み——再保険子会社とは?

 事業会社が、再保険会社を自社の子会社として海外に作っておくことも出来ます。この再保険会社を作るお手伝いをしているのが私の本業です。

 日本での保険契約は今まで通り、Aに100の保険料を支払い、火災が起きたら1000まで補償してもらえます。この契約を結ぶ時、事業会社がAにリクエストします。何もなければ、Aは海外の再保険会社、ロイズやAIGに再保険を掛けますが、事業会社が自分の再保険会社を海外に持っているので、その会社に再保険を引き受けさせてくれと交渉するのです。Aがこのリクエストを受け入れると、先ほどと同じ構造が出来上がります。

 Aは再保険会社に50を支払います。事故がなければ、毎年50が再保険会社に入ります。ただ、大きな事故があると、再保険会社はAに500の保障を支払わなければなりません。

 この500のリスクを回避するため、事業会社が作った再保険会社は、ロイズやAIGなどの再保険会社から、500という補償を買ってきます。火災が起きた時、この500の補償でAに500を支払うことが出来るので、再保険会社のリスクはほぼゼロになります。ロイズやAIGから500の補償を50以下で購入出来れば、その差額が再保険会社の利益となるわけです。

◆キャプティブ導入の現状

 アメリカでは上場企業の6割超がキャプティブを導入しており、キャプティブは非常にポピュラーなリスクマネジメントの方法となっています。日本には大企業と区分される企業が1万1000社、中小企業が380万社ありますが、キャプティブを導入している企業は、現在のところ150社に満たない状況です。正確な数字はありませんが、120社程度と言われています。

 非常に合理的な手法なのに導入が進んでいないのですが、日々の現場でお客様から聞くのは、「こんな方法があるのを知らなかった」という話です。つまり、情報が行き渡っていないという理由で、導入が進んでいないというのが実情なのです。

◆地震保険導入の活用例

 病院・医療施設等の地震保険の導入について、シンプルにまとめてみました。

 国内の損害保険会社に3億円の保険料を支払い、40億円の補償を受ける地震保険に加入します。国内損保は40億円のうち0.8億円は自社で補償することにし、保険料3億円のうち2.7億円を事業会社が海外に作った再保険会社に支払い、40億円のうち39.2億円のリスクを再保険会社に移します。これが第1次の再保険契約です。

 再保険会社は2.7億円の保険料で、39.2億円の保障を負担しなければいけません。再保険会社は2億円までは自己負担することにし、37.2億円のリスクは大手の再保険会社に移転します。ロイズやAIGに0.8億円支払い、最大37.2億円を保障してもらう再保険契約を結ぶのです。

 日本では3億円払って、40億円を保障するという地震保険がありますが、再保険市場に行くと、37.2億円の地震保険を0.8億円で購入出来るという現実があります。事業会社の子会社である再保険会社は、国内損保から2.7億円受け取って、再保険会社に0.8億円支払うので、差額の1.9億円がプールされることになるのです。

 今回は再保険の仕組みを理解して頂くため、シンプルな形にして説明しました。数値は実際とは異なることをご了承ください。

 質疑応答 
尾尻佳津典・日本の医療と医薬品等の未来を考える会代表(集中出版代表):
「地震保険の活用例ですが、事業会社が3億円の保険料を払い、地震の時に日本の保険会社から40億円の補償を受け取る。ところが、再保険会社は海外の再保険会社から8000万円で37億2000万円の補償を購入出来る。ならば、3億円というのが高過ぎるのではありませんか」

長尾:「日本には基準となる保険料率というものがあります。一定の補償を買う場合に、一定の保険料を支払わなければならない、という日本独特のルールです。そのため、3億円の保険料を1億円にすることは、日本の保険会社では出来ないのです。また、この事業会社がロイズやAIGから直接購入することも出来ません。保険業法186条に、日本の個人・法人は、日本の金融庁が認可した保険会社からしか保険を買ってはいけない、と定められています。日本の保険会社を通さなければ、海外の保険を購入することは出来ません。そこで、このような迂回が必要になってくるのです」

井手口直子・帝京平成大学薬学部教授:「私は薬局を持っているのですが、地震保険には興味があります。再保険の解説を聞いて魅力を感じましたが、小さい会社が海外に子会社を持つというのは、非常に高いハードルです。小さな会社が集まって共同で海外に子会社を一つ作り、この仕組みの中にはめ込んでいくということは可能でしょうか」

長尾:「今回は再保険についてシンプルな形で説明しましたが、実際に子会社を作れば、年間の運営費ですとか、維持するためのコストなどもかかってきます。ただ、同じ課題を抱えている10社が集まり、再保険会社を作ることは可能でしょう」

真野俊樹・多摩大学医療・介護ソリューション研究所所長・教授:「日本のような公的医療保険にも再保険は可能でしょうか。可能だとしたら、世界でそれをやっている国はありますか。日本も公的保険に再保険をかけることは可能ですか」

長尾:「公的保険に関しましては、再保険にしている部分と、自家保険にしている部分があります。リスクヘッジの方法の一つとして、再保険を活用することはあります。日本で公的保険に再保険を掛けるには、現実的な問題として、保険料に対する給付率の問題があります。それによって再保険料が決まるので、取れるリスク、取れないリスクはあると思います。ただ、様々なリスクに再保険を掛けるということは、理論上は可能です」

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