私が「もの忘れ外来」を始めてから約2年が経過した。定期的(1カ月に1回〜2カ月に1回など)に真面目に通院する患者、いつの間にか来院しなくなった患者、入院したり施設入所したり、さらに死亡する患者と様々である。
共通しているのはほぼ95%以上、本人の意志ではなく家族に連れられて嫌々受診していることである。自発的意志で来る人は数人だ。
その理由として、認知症は治らない、認知症と宣告されることは、ある意味でがんの宣告よりも嫌だ、といったマイナスイメージがある。
「もの忘れ外来」に初診で来る患者は、1人で来ることはまずない。家族同伴である。これは私見だが、患者が認知症なのか、また治療が必要なのかも関心事ではあるが、それと同等あるいはそれ以上に、今後どうなっていくのか、自宅で過ごせるかを知りたがっている。
6月7日、これまでのモヤモヤした流れを一気に払拭する(流れを変えるというような言葉では表せないような)衝撃的な“事件”が発生した。読売新聞の第1面、それも2回にわたって掲載された、軽度認知障害(MCI)の約50%が治るという記事だ。それも国立長寿医療研究センターが発表元である。
私は認知症の専門医ではない。元々は外科医であり、現在は認知症サポート医である。専門医の人達の中には、異を唱える方もおられるであろう。しかし、最前線で患者・家族と関わっていると、これまでとの違いが分かるのである。
これまでなら、自発的に受診することのなかった患者達が自分の意志で来院する。これまで生活習慣病の改善に対して全く聞く耳を持たなかった人達が真面目に取り組み始め、初診から薬を服用したいと言い出した。折からの将棋ブームもあって、将棋を始める人もいる。医者をやって40年、患者が治療に協力するとしないでは、全く予後が異なることを知った。
しかしながら、ある専門医に聞いたところ、MCIときちんと診断するのはかなり難しいようだ。その検査や診断テクニックは今後、専門家によってさらに進められるはずだ。
私が医学生だった頃、認知症の概念そのものがなく、精神科の教科書の片隅に数行書いてあったと記憶している。
1972年、故有吉佐和子さんの小説『恍惚の人』が出版された。これはある意味、エポックメイキングであったといえる。当時は「ボケ老人」と呼んでいた、こういった人達が世の中に存在するというのも衝撃だったが、そのネガティブイメージが現在まで続いている。
功罪相半ばか。当時その小説を読んだことがある団塊の世代より上の人間が今、自分達の親、もしくは自分自身がその問題に直面しているのである。
認知症は予防可能であり、MCIなら治療も出来る。そのためには、生活習慣病をしっかりコントロールして、運動、知的活動にも精を出す。これこそポジティブキャンペーンではないか。
私の住む藤沢市でも、慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科の小熊祐子准教授を中心に厚生労働省が推進する「プラス・テン(10分多く体を動かすこと)」による認知症予防の取り組みが始まっている。
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