企業の人事・総務が知るべき、メンタルヘルス不調に関する知識

　私は現在、大学教授、精神科外来での臨床医、そして2カ所の事業所で非常勤のメンタル産業医を務めています。今回のテーマには、多彩な現場を知る者として役立てればと考えています。

　まず職場で起きるメンタルヘルス不全ですが、何と言ってもうつ病が一般的です。職場では仕事の成果が求められること、相性は関係なく偶然同僚となった人間関係で長時間を共にすることで、当然ストレスは多くなります。はっきりした原因のない、体の病気に近いうつ病や医師の間でも本当に病気と言えるか意見の分かれる新型うつもあり、予防に努めていても発症する人がいる一方、例えば国会議員の方でうつ病罹患はあまり聞きません。産業医の役目は病気になってから治療するのではなく、発症を防ぎ、元気な人をより元気にすることだと考える時、個々人のストレス耐性、レジリエンスというものは大事な特性です。心折れてしまう人の割合は、三十数年前は100人に1人と言われましたが、最近では7人と言われます。

◆メンタルヘルス不全のサインと的確な対応

　うつ病以外のメンタル不調も、適応障害や最近増えている過敏性腸症候群など多いのですが、人事の方は病気そのものに詳しくなり過ぎる必要はありません。何か変だ、前と違う、といった従業員が見せる異変に気付き、プロである医師に繋げれば、日本の医師は標準的な力を持っていますから、適切な診療を選んでくれるはずです。食欲が落ちているとか、何度も同じことを言うなどの兆候があったら、必ず他者のいないところではっきり聞く。秘密保持の約束は絶対に守る。まずは産業医への受診を薦めるのも良いでしょう。拒まれたら、「いつでも相談に乗る」旨を伝えます。

　今やワーク・ライフ・バランス（仕事と生活の調和）やダイバーシティ（多様な人材を積極的に活用しようという考え方）は義務ではなく、常識となりました。多様性を認めマイノリティーに配慮する職場は一般的な人にも安心を与え、モチベーションを上げてくれます。うつ病は怠け、甘えだという精神論、ど根性を持ち出す管理者の意識改革は是非とも必要です。経営者も従業員も、全員が定時に帰宅すると不安などと言わず、一人一人が人間らしい豊かな生活感覚を持つ方が、結局は仕事全体のパフォーマンスが上がると認識しましょう。従業員の皆さんが、仕事は義務でさせられているのではなく、自分達の良い人生のため、成長のためという意識を保てるような工夫こそが、健康的な職場環境を作る最大のメンタル不調予防と言えます。

　厚生労働省の「患者調査」によれば、うつ病・躁うつ病患者数は2014年時点で100万人以上。不安や抑うつで明らかに正常の範囲を逸脱している、適応障害による「うつ状態」の人は6万7000人となっていますが、実際にはうつ病患者数より多いと思われます。きっかけを見ると、仕事上の人間関係や業務量の過大など仕事関係を挙げる人が多く、果たして原因は職場なのか本人なのか、皆さんも大いに気になるところでしょう。予防を目的として始まったストレスチェック制度ですが、高ストレス者に配付されるレポートで「対人関係のストレスが高い、仕事のコントロール度が低い」と言われても、具体的な対策はよく分からないのが実際かと思います。

　従来の薬物によるうつ病治療では、副作用と改善後の減薬の難しさ、そして約4割の人が、どれだけ工夫して投薬しても反応しないという問題があります。結果、副作用と薬だけが増え「精神科に行くと薬漬けにされる」といった過激な報道まで出る始末で、薬剤治療が功を奏して復職しても、厚労省研究では5年以内に半分近くが再発という数字が出ています。

　そこで、うつ病治療の新しい選択肢として注目されるのが経頭蓋磁気刺激治療「ＴＭＳ」です。うつ病患者の脳は健康な人と比べ、前頭葉の機能がうまく働かないことが分かっており、それがたまたまMRI検査後に改善される現象から研究が進みました。神経細胞が自ら機能を修整する、脳の機能そのものを修復するため再発率も12％と低く、副作用もほとんどありません。

◆高ストレス状態も調整するＴＭＳ

　薬に反応しないうつ病患者の多くは、仕事の時だけうつ症状が強く、特定の上司に反応する対人過敏などが見られる新型うつや、大人になってから問題となる“大人の発達障害”と呼ぶべき特性を持っています。とにかく過敏でこだわりが強く、些細なことにも反応してパニックや自傷に走ってしまう、集団行動が苦手な子供と同様の状態が、思春期を過ぎてから現れて職場で問題となります。レジリエンスが低い人、高ストレス者は、発達障害に多く見られる神経特性から来る「生きづらさ」を抱えているのではないかと推定されます。

発達障害を脳の機能バランスの異常と捉えて修整を図るＴＭＳの研究は昔から多く、私のクリニックでも4000人弱の症例がありますが、周囲の音が気にならなくなった、リストカットしなくなった、「ま、いっか」と思えるようになったなどの感想を頂いています。ストレスの治療とは、患者を周囲の環境に適応しやすくし、そのストレス耐性を高めることであると結論することが出来ます。