国から予算が投入される中、学会分析を再発信するだけ
医療に起因する予期せぬ死亡事故を調べる「医療事故調査制度」が始まって、まもなく2年、死亡事故が起きた場合に医療機関が報告する第三者機関「医療事故調査・支援センター」に指定された日本医療安全調査機構(理事長=高久史麿・日本医学会前会長)は8月末、事故の再発防止のための第2弾の提言を公表した。第三者としての事故調査と再発防止に向けた啓発が同機構の2大業務とはいえ、現状はどちらも不十分とされる。医療安全の確保の名目で国から莫大な予算が投入される中、聞こえてくるのは同機構不要論だ。
「機構の会見は8月中旬には予定されていたが、内容までは分からなかった。会見当日、ホームページにアップされた再発防止の提言を見て、驚いた」と振り返るのは、全国紙の医療担当記者だ。
改正医療法に基づき、2015年10月に新設された医療事故調査制度。何度も浮かんでは消えた制度が開始にこぎ着けるまでには様々な紆余曲折があったが、ここでは割愛する。とにもかくにも制度は動きだし、医療事故被害者らで作る団体も「小さく生んで大きく育てていく」と、新たな制度に期待したものだった。
制度の対象となるのは、医療従事者が提供した医療に起因、または起因が疑われる予期せぬ死亡や死産。医療事故かどうかを判断し、機構に報告するのは各医療機関だが、機構の他、地方医師会など複数の団体が支援団体として医療機関の相談に乗ったり、院内調査を手助けしたり出来る。院内調査結果は遺族に説明し、機構にも報告する。
機構は、医療機関と遺族のどちらか、または両方から依頼があった場合に、第三者として調査を行い、その結果を遺族と医療機関に報告することとなっている。
再発防止提言のテーマに疑問符
こうした報告や調査の積み重ねにより、機構には多くの医療事故の情報が集まることになる。そのため、機構の業務として位置付けられているもう一つが「医療事故の再発の防止に関する普及啓発」だ。
再発防止のための活動の第1号となったのが、機構が今年3月に発表した提言である。テーマは「中心静脈穿刺合併症」。このテーマを選んだ理由について、機構は「以前から同様の事故は繰り返し起きており、死亡事例も出たことから分析対象とした」としたが、事故調制度に詳しい都内の弁護士は「中心静脈穿刺合併症は予期せぬ死亡事故でも何でもなく、医師の手技の問題だ」と一笑に付す。機構は穿刺手技の正しいやり方について動画を公開していることが、同弁護士は「同様の死亡が起きないようにするために医師の腕を磨け、という提言は、自分たちの役割を完全にはき違えている」と手厳しい。
中心静脈穿刺合併症に続き、8月末に出されたのが第2号の再発防止に向けた提言だ。今回のテーマはエコノミー症候群として知られる「急性肺血栓塞栓症」。東日本大震災や熊本地震など大規模災害の後、車中泊などの危険として挙げられるエコノミー症候群が「予期せぬ死亡事故」というのはいまいちピンと来ないが、それは記者も同じだったようで、「第2号の発行を発表した会見では出席した記者から、『これは予期せぬ死亡事故と言えるのか』という質問が出た」(機構関係者)という。
都内の総合病院の医師は「術後などに体を動かさないことで肺血栓塞栓症になりやすくなることはよく知られているし、そもそも肺血栓塞栓症は医療に起因する死亡ではなく、術後管理の問題だ」と首をひねる。
ちなみに、機構関係者によると、予期せぬ死亡事故に当たるのかという根本的な問いに対し、機構は「判断するのは病院側である」という無責任な回答をしたという。
ともあれ、機構がまとめた提言書を見てみよう。機構の専門分析部会が分析した肺血栓塞栓症の死亡は8例。提言書では8例を個別に分析した上で、再発防止に向け提言を載せたというのだが、西日本の内科医によると「再発防止のための提言を見たが、研究班や学会がこれまでに出したガイドラインをなぞっただけ」の驚きのない内容だという。
機構側は「他のガイドラインとは違う視点でまとめた」と強調したというが、会見に出席した記者は「足の指を動かすイラストを新たに制作し、患者にも予防に協力してほしいと初めて呼びかけたということらしい」と言うから、呆れてしまう。
提言書は「04年に初のガイドラインが策定され、時期を同じくして診療報酬に『肺血栓塞栓症予防管理料』が新設された」と歴史的経緯に触れ、「日本医療機能評価機構の医療事故情報収集等事業の公開データで肺血栓塞栓症などのキーワード検索をしたところ、53例の死亡例が報告されていた」ことも紹介されている。提言書の「はじめに」が「ガイドラインの策定と肺血栓塞栓症予防管理料の保険収載により、病院での疾患の認識と予防への取り組みは全国的に広がり、一定の予防効果は得られているが、未だ医療事故調査・支援センターへの死亡事例の報告は続いており、さらなる対策の徹底が求められる」とあることからみても、提言に新味がないことは明らかである。
二つの機構の違いが分からないとの声
医療担当の全国紙記者は「既によく知られ、予防策を取るために診療報酬が付いている疾患を、医療に起因する予期せぬ死亡事故と位置づけたのは不思議」と首を捻る。その上で、「医療機関から医療事故情報やヒヤリ・ハット事例を収集する日本医療機能評価機構と、センターを担う日本医療安全調査機構の違いが分からない」と素朴な疑問を口にした。記者だけでなく、医療機関側もこの二つの機構の違いを理解しておらず、ヒヤリ・ハットは日本医療機能評価機構(理事長=河北博文・河北総合病院理事長)、患者が死亡した場合は日本医療安全調査機構に報告、と勘違いしている危険性すらある。
同機構が9月8日に公表した「医療事故調査制度の現況報告」によると、医療事故調が発足してから今年8月末までの医療事故報告は716件。厚労省が予測した年間の医療事故死件数は1300〜2000件なのに、2年近くが経っても1000件に満たない。にもかかわらず、厚労省は来年度の予算概算要求で、「医療事故調査制度の取り組み推進」などのために11億円(前年度9・9億円)を計上。医療安全に関する他の事業の費用が含まれるとはいえ、予算は減るどころか増やされている。
ちなみに、先ほどの肺血栓塞栓症に関する提言書はインターネットで閲覧が可能にもかかわらず、50万部が刷られて全国の医療機関や診療所に配布されるという。
医療事故調に詳しい前出の弁護士は「予期せぬ死亡事故に当たらない疾患の予防法を啓発しているカネがあったら、予期せぬ死亡事故がどういうものかを啓発してほしい。その判断もしないで、学会分析を再発信するだけの機構は要らない」と吐き捨てたが、さもありなんである。
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