公的保険制度で良い歯科医療を受けられる運動を展開したり、歯科技工士の低賃金・長時間労働の改善に取り組んだりしている「保険でよい歯を」東京連絡会。代表世話人で歯科医師の矢野正明氏に話を聞いた。
◆「保険でよい歯を」東京連絡会発足のきっかけは?
矢野 1992年のNHKスペシャルで、義歯を使う多くの人がかみ合わせの不具合や痛みを抱えていることなどが報道され、大きな反響がありました。国民の間で「保険できちんとした診療をしてもらいたい」との要求が広がったり、国会でも歯科保険医療の問題が取り上げられたりしました。そのような中、「保険で良い入れ歯を」の運動が提唱され、同じ年に全国連絡会が結成されました。東京でも93年に、東京歯科保険医協会と東京民主医療機関連合会が呼び掛け、全日本年金者組合東京都本部などと東京連絡会を設立しました。歯科技工士も加盟し、歯科医師と歯科技工士の初の共闘になりました。その後、入れ歯だけでなく、歯科医療全般の改善運動に発展したため、2005年に現在の「保険でよい歯を」東京連絡会に改称しました。
◆連絡会の活動でどのよう成果が上がったのですか。
矢野 94年度の診療報酬改定で、多数歯欠損や総義歯などの保険点数が上がったのですが、それは根本的な解決ではありませんでした。基礎的な技術評価がなされないか低い点数のままだったのです。そもそも、歯科には自費診療があり、より良い技術を求めると保険診療より自費を勧めることが多かったのです。その後の会合で「私達の抱えている矛盾は解決されなかった」との声も上がりました。
◆矛盾とは、具体的にはどのようなことですか。
矢野 義歯の精緻な歯型を取るトレー(歯型を取る枠)には保険点数が付かないため、カスタムメイドのトレーを作ると持ち出しになります。かみ合わせ検査でも、歯科技工士が製作する「咬合床」に保険点数が付きません。どこかを省略すれば、出来上がった義歯には微妙な誤差が生じてしまいます。義歯が完成したら、患者さんの話をじっくり聴いて、具合の悪いところを改善する必要があります。しかし、義歯の調整の点数は月に1回しか算定出来ません。例えば、半身不随で寝たきりの人は口も動かないので、義歯を作ればすぐかめるようになるわけではありません。完成後もリハビリが必要です。技工の仕事やアフターケアにも、保険で評価すべきです。
連携は医科・歯科・患者にメリット
◆歯科では「口こそ健康の入り口」と言うようですね。
矢野 高齢な女性患者さんの例です。その人は総義歯が合わないことから、食が細くなり、元気がなくなって家に引きこもるようになりました。内科主治医から紹介があり、私達が訪問診療で対応したところ、患者さんは何でも食べられるようになり、外出するようになりました。元気に生きる、健康に過ごすには、口から食べることが前提です。ただ、毎週訪問しても、算定出来るのは月1回の調整料だけです。
◆歯科技工士の待遇改善に取り組んでいますね。
矢野 歯科技工士は、低収入で長時間労働、後継者不足に陥っています。歯科医院から技工物製作を受託しようと、歯科技工士間でダンピング競争が起こっていることも一因です。市場価格である技工料が基準となり、保険点数が決まるので、技工料、保険点数とも下がる傾向にあります。このままでは歯科技工士が激減し、良い技工物を提供出来なくなります。歯止めを掛けるには、歯科技工士に独立した技術評価を行い、保険で技工の評価を引き上げることが必要だと思います。
◆義歯の需要は増えていますか。
矢野 「8020運動」(80歳で20本以上の歯を残そうという運動)の成果もあり、義歯やブリッジを入れる患者は相対的には減ってきています。昔の高齢者は総義歯が当たり前でしたが、現在は80歳を過ぎても良い歯が残っている人は徐々に増えています。一方で、自分の歯が残っているが故に、歯周病の管理が必要な人が増えています。
◆歯周病は国民病とも言われる病気です。
矢野 歯周病は認知症や糖尿病、誤嚥性肺炎など全身の病気を引き起こす可能性があります。また、歯がないと転びやすいのです。千葉大学医学部附属病院の発表では、歯科医師や歯科衛生士による専門的な口腔機能管理により、消化器外科や心臓血管外科などの手術で入院した患者の在院日数が15%から20%減ったといいます。入院患者の口腔ケアは病院にメリットをもたらすので、医科歯科連携のしどころだと思います。また、上下の歯でしっかりかむことは非常に大事です。例えば、脳卒中のため麻痺があって、舌が上がらないような場合、舌接触補助床という特殊な義歯を入れると、咀嚼出来るようになる場合があります。手足のリハビリと同時に、口腔周囲の筋肉トレーニングをすることが大切です。健康寿命を伸ばすためにも、管理栄養士や言語聴覚士とも連携したいですね。
◆小豆沢歯科でも医科歯科連携をしているのですか。
矢野 当院では歯科衛生士が、同じ法人の病院で入院患者の口腔ケアに行っています。「口から食べることにこだわる」という病院の方針で、看護師と歯科衛生士が連携しています。医科の方から患者に関する相談があると、私達歯科もやりやすいです。「この病院で入院していれば、歯科のケアも受けられる」ということは、病院の売りにもなると思います。先日も、気管切開で酸素吸入している患者の歯がグラグラだと医科から相談があり、誤飲しないようにベッドサイドで抜歯したようなケースもあります。
大きくなりつつある歯科医療の役割
◆国は在宅歯科医療を進めようとしています。
矢野 歯科訪問診療料の引き上げなど診療報酬改定による追い風はあります。ただ、施設への訪問歯科診療を行っている歯科医院は増加傾向にありますが、個人居宅までは手が回らないのが現状です。当院では、保険点数もほとんど付かず介護保険もなかった31年前の開院時から、在宅歯科医療を行っています。現在は、訪問看護ステーションやケアマネジャーからの依頼で、土曜日以外のほぼ毎日、歯科医師が交代で在宅歯科医療を行っています。そういう場での医科歯科連携はすごく有り難いです。医科の先生が患者さんの口の中を診る際、喉だけではなく歯も見て、状態によっては歯科を呼ぶ体制が出来れば嬉しいですね。
◆歯科医療の役割は大きくなりつつあるのですね。
矢野 患者さんが定期的に通院し、治療後のケアやメインテナンスを行えば、医療費抑制に貢献出来ます。また、患者さんをある程度の期間診ていると、高齢者の場合は言動の変化から認知症の発症に気付いたり、小児の場合は歯のケアが出来ていないことからネグレクトに気付いたりすることもあります。歯はそんな生活状況や本人の体調の変化を表すものでもあるのです。
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