「賭け」を通じてマネーが移転するだけ
政府は今秋の臨時国会に、「IR実施法案」を提出する予定という。「IR」とは、カジノを含む「統合型リゾート」(Integrated Resort)の意味だが、カジノそのものを指すと考えてもいい。「IR」などと気取っても、カジノが本命だからだ。だが、カジノ単独ではいかにも押し出しにくいので、わざわざ国際会議・展示場やレクリエーション施設、ホテルなどと混在させるのを条件に設置するという仕掛けになっているにすぎない。
当然だろう。元々日本の刑法では、賭博は犯罪として禁じられているのを忘れてはいけない。賭博にまつわるあらゆる社会的悪(闇勢力の介入や犯罪の温床化、個人の生活破綻など)を考慮すれば、原則禁止にするしか、それに対応しにくいからだ。特例が競馬(農林水産省管轄)や競艇(国土交通省)、競輪(経済産業省)、オートレース(同)といった「公営ギャンブル」だ。ほとんど野放し状態のパチンコやスロットは警察庁が管轄しているが、こちらは風俗営業法で「遊戯」と区分され、代表的なギャンブルではあるが、賭博とは見なされていない。
一方で、このギャンブルが経済活動に占める位置は大きい。『日本経済新聞』の昨年12月15日付夕刊に、「日本生産性本部がまとめた『レジャー白書』によると、競馬や競艇、競輪などの公営ギャンブルの売上高は5兆7510億円(2015年)で、……パチンコの市場規模は23兆2290億円と推計される」との記事が掲載された。
すると、トータルのギャンブルの「市場規模」は29兆円に迫り、528兆円(15年)の国内総生産(GDP)の実に5%強を占める。10年に初めて二つのカジノをオープンさせ、その盛況ぶりが日本でも注目されているシンガポールでは、これが1%だから、いかに日本のギャンブル市場が巨大であるか分かるだろう。
ギャンブル依存症のさらなる増加懸念
その副産物が、ギャンブル依存症の深刻さだ。厚生労働省が09年に発表した調査結果だと、その有病率は全人口の5・6%に相当。先進国では、桁外れに高い。世界的に著名な賭博都市のラスベガスやアトランティックシティなどを抱えた米国ですら、2・6%だ。日本ではギャンブル依存症に対する社会的関心が低いが、このままではさらに増大する可能性が高い。前述のカジノが賭博に対する刑法の原則に反して解禁され、民間で運営されようとしているからだ。
安倍晋三内閣が、カジノの解禁・推進を盛り込んだ「日本再興戦略2016」を閣議決定したのは、16年6月のこと。同年12月には、「IR法案」(特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法案)が国会で自民党と「日本維新の会」(当時)の強行採決で可決、成立した。前述の「IR実施法案」は、これを受けて運営業者の選定基準やギャンブル依存症対策、カジノ関連規制といった内容を盛り込むことになっている。
早くも、IRの「整備促進」に意欲を示す横浜市や大阪市など国内3カ所にそれが建設された場合、「IRの建設に伴う『生産誘発額』」が「総額5兆500億円」、「IRの運営」が誘発する「付加価値」が「年間1兆1400億円」(「3カ所建設だけで約5兆円 下振れリスクの見極めも必要」、『日経ビジネス』17年1月30日号)といった景気のいい話が出回り始めた。
また、大阪商業大学が09年に発表した「カジノ開設の経済効果」によると、「わが国にカジノが開設された場合、その市場規模は2兆1517億円〜3兆4438億円になり、その直接、間接の波及効果を含めれば経済波及効果は4兆7873億円〜7兆6619億円、誘発雇用人員は49万1863人〜78万720人になるという計算結果であった」という。
だが、そうなったとしても、ギャンブルの「市場規模」が29兆円前後から、31兆〜32兆円ほどまでに拡大するだけだ。当然、「経済波及効果」も驚くような水準になるとは考えにくいが、そもそも所詮は賭博の類いに「日本再興」の「戦略」を託せるのだろうか。安倍首相によると、「IR」は「成長戦略の一環」でもあるらしいが、初歩的な認識として、賭博やギャンブルでは「賭け」を通じてマネーが移転するだけで、基本的に新しい生産による富を生み出すものではない。
実際、前出の大阪商業大学は、いまやカジノ推進のシンクタンクと呼ばれているが、谷岡一郎学長は、「(カジノによって)高齢者のタンス預金など世の中に出にくいお金が回り始めることが期待される」と発言している。しかし、高齢者が老後のためにコツコツ蓄えた「預金」をカジノの胴元が巻き上げたところで、何が経済的に「期待」出来るのだろうか。
賭博は新しい富を生み出さない
しかも当然ながら、そこにおいてはカジノを運営する業者の側が必ず勝って、顧客が必ず負けるというシステム設計にしないと、ビジネスとして成立しないのだ。つまり、結果的にゼロサムゲームが続くだけと考えた方がいい。
ただ、確かに短期的には「IR整備事業」によって「生産誘発額」が見込まれる可能性もないわけではない。しかし、長期的な経済を展望するなら、どこまで「成長」を導き出せるか、心許ない要素を否定することは出来ない。考えるべきは景気のいい「経済効果」話よりも、カジノ解禁が引き起こしかねない社会的な負の側面だろう。
聖学院大学大学院の柴田武男教授によると、米国連邦議会が国内の賭博の影響を調査するため、1996年に研究委員会を設置、2年間で250万㌦を投じ調査報告書を作成した。それによると、カジノ開設後、市場は一定の成長を示すが、「3年以降」から伸び悩み、逆にギャンブル依存症や犯罪が増加するため、「失業者保険や精神治療などの社会的サービス費用を含めたコストは、カジノによる利益の4〜6倍以上に上る」との結論が導かれているという。
17カ所のカジノがある韓国では、自国民が入場出来るのは江原ランドの1カ所だけだ。だが、その1カ所が全カジノ総売り上げの半分を占める。それもあって、韓国では政府の試算によると、ギャンブル依存症がもたらす国民の生産性低下や失業などによる経済的損失は、その経済効果の5倍もの78兆ウォン(7兆7千億円)に達する。
いずれも日本と単純比較出来ないが、何よりもまず、日本の近現代の経済成長を支えたのは、国民の勤労意欲であった事実を重んじるべきだろう。そして、「勤労その他正当な原因によらず、単なる偶然の事情により財物を獲得しようと他人と相争う」(刑法第185条)のが賭博でありカジノである限り、世界有数のギャンブル依存症の高い比率をこれ以上アップしても、「日本再興」とどう結び付くのか、甚だ疑問である。
アベはあくまで「カケ」が好きという事でしょう。