虚妄の巨城 武田薬品工業の品行
〈今まで突き崩せなかった岩盤の一つに「省庁間の壁」がある〉
インターネット上の経済同友会ウェブサイトによれば、長谷川閑史・同会代表幹事(武田薬品工業社長)は2月の記者会見で〈産業競争力強化・規制改革に関する所感〉を発表した。先に引いた一文はその冒頭に当たる。少々長いが以下に全文を引用してみよう。
〈その壁を破るシンボルの一つとして、日本版NIH(National Institutes of Health:米国立衛生研究所)の創設を提言している。ライフサイエンスの予算は、文部科学省、経済産業省、厚生労働省の三つの省にまたがっており、各省からさまざまなところに研究交付金という形で出されている。総合科学技術会議が一部役割を果たしているが、本来であればライフ・サイエンスとして、NIHのように一本にまとまり、大学や独立行政法人の研究所などのアカデミアと、応用研究のような出口戦略をする企業との間の橋渡しの役割を果たすべきである。ヘルスケア分野では、どの先進国でもNIHのような機能の組織を持っており、ぜひ省庁間の壁を破る一つの事例として取り組んでいただきたい。実現のためには、ガバナンスを明確化し、人材・権限・予算を集中することを強くお願いしている。他の産業分野について詳しくないが、このようなコンセプトが他の産業でも有効に機能するのであれば、(他の産業分野についても)考えていただきたい〉
人選は玉石混交の「バランス」重視
長谷川はこの所感に先立ち、政府の「産業競争力会議」民間議員に選ばれている。ほかの議員の顔ぶれはいかがなものだろうか。
▽秋山咲恵(サキコーポレーション社長)▽岡素之(住友商事相談役)▽榊原定征(東レ会長)▽坂根正弘(コマツ会長)▽佐藤康博(みずほフィナンシャルグループCEO)▽竹中平蔵(慶應義塾大学総合政策学部教授)▽新浪剛史(ローソン社長)▽橋本和仁(東京大学大学院工学系研究科教授)▽三木谷浩史(楽天会長兼社長)──玉石混交。事務局を務める官僚組織の意向が反映され、絶妙な「バランス」を取っている。審議会行政でよく見る光景である。
そもそも産業競争力会議とは何か。議事録によれば、〈これまでの成長戦略策定会議とは異なり、日本経済再生の司令塔である日本経済再生本部に直結する会議〉(副議長を務める甘利明・経済再生担当相兼内閣府特命相)。〈ここでの議論や提言は総理の強力なリーダーシップの下、直ちに取組を開始することができる〉(同前)らしい。誠におめでたいことだ。
もう一人の副議長、茂木敏充・経済産業相は第1回会合で次のように発言している。
〈日本経済の現状は、「低成長経済」程度ではない、より深刻な状況に直面している。あらゆる細胞に分化するのが iPS 細胞だが、日本は経済成長の源である「成長の幹細胞」とでも言うべき基幹技術や中核システムそのものを失う危機に直面している〉
〈成長の幹細胞が豊富にあればそれが進化して、イノベーションを生み出す研究開発投資の拡大につながるはずだが、実際には企業の国内研究開発投資は急減かつ短期指向で、日本発のイノベーションが生まれにくい状況にある〉
〈成長の幹細胞が成長すれば、企業活動を生み出す筋肉、すなわち設備への投資につながるはずだが、実際には設備の老朽化が進み、一人当たりの生産性と給与は頭打ちとなり、これが賃金デフレの要因となっている〉
〈これらの問題点への緊急対応として、今回の緊急経済対策では設備投資や研究開発投資、更に給与を増加させる企業への減税を打ち出した。さらに、経産省の関連では1兆円を超える設備投資の促進策、次世代自動車の充電インフラ全国10万か所の整備、ベンチャー1万社の創出支援、さらに全国1万社の中小企業、小規模事業者への試作品開発支援など、事態の悪化を食いとめる対策を講じた〉
〈今後、日本の立地国際競争力、課題解決力、そして国際展開力の回復強化の3点に向けてぜひ忌憚のないご意見をお伺いしたい〉
有力経済閣僚でもある両副議長の問題意識に対する長谷川の「ご意見」は前出の通り。会合では次のような発言までしている。
〈「成長戦略の具現化」に関し、特定すべき重点分野についてお話しする。我々のこれから目指す技術革新・産業改革の方向が、世界の課題を同時に解決するものであり、日本の技術や知識 ・ノウハウが生かせることが望ましい。例えばライフサイエンス、環境・エネルギー・鉱物資源、食糧、農業問題、水、社会インフラなどがターゲティング分野にふさわしい〉
伝わってくるのは長谷川の高揚ぶりばかりである。本誌読者であれば、少なからぬ違和感を覚えているのではないか。果たして長谷川に〈日本の立地国際競争力〉〈課題解決力〉〈国際展開力の回復強化〉について発言する資格はあるのか。議員としての適性はあるのだろうか。
民主党政権の「再演」は不要
民主党政権時代にも長谷川は同工異曲の会議に名を連ねている。「影の総理」とも呼ばれた仙谷由人・内閣官房長官(当時)の唱道で2010年11月から昨年6月まで開催された「医療イノベーション会議」。長谷川は第1回会合に「有識者」として列席。ただし、このときの肩書きは「日本製薬工業協会会長」。長谷川はいったいいくつのいすに座れば気が済むのだろう。審議会委員はもちろん、製薬協、同友会、そして武田のトップの座はそこまで軽いのか。
医療イノベ会議は最終的に「医療イノベーション5か年戦略」を取りまとめた。政権交代の影響もあり、もはや一顧だにされていない。貴重な時間と税金をつぎ込んで、このありさま。長谷川は今また同じ過ちを繰り返すのか。
長谷川が得意げに語る「省庁間の壁の打破」。これは本誌で詳報してきた通り、医療イノベ会議を所管していた「内閣官房医療イノベ推進室」に期待された使命だった。長谷川の座長芝居。客席では閑古鳥が鳴いている。 (敬称略)
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