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未来の会

第96回 患者と共に作る「信頼される医療」

第96回 患者と共に作る「信頼される医療」

私が勤務している診療所にはいくつかの科の外来があるが、特に人気があるのが乳腺科と婦人科。どちらの科にも複数の女性医師がいるので、ネットや雑誌で探し当てて遠くから受診に来る人もいるという。

 かく言う私自身も、乳がんと子宮がんの検診は毎年、その同僚の女性医師らにお願いしている。

 看護師の中には「同じ職場の先生に診てもらうのは気恥ずかしいので、別のクリニックで検診を受ける」と言っている人もいるが、私は逆に同僚だからこそ気軽に診察を受けられるし、こちらからもいろいろ質問出来る。

 その看護師にも、「医療関係者同士だから『恥ずかしい』なんて思わなくてもいいんじゃない? この診療所の先生達は腕も確かだし、あえて他の所に行く必要はないよ」と話した。

女性医師でも男性医師の診察に抵抗感

 ところが、ちょっとした出来事が起きた。先日、今年の検診を受けようとしたら、予約を取ってくれる事務職員に言われたのだ。「女性医師の外来は込み合っているので、当分先ですね。男性医師ならすぐ入れますが、どうしますか」。

 私は、はたと困ってしまった。「医療関係者同士なんだから気兼ねは無用」と自分で言ったものの、“同僚の男性医師”となると、また話が違ってくる。

 もちろん、私も患者として他院を訪れることがあり、男性医師の診察を受ける機会はいくらでもあるのだが、日々同じ診療所で共に仕事をしている男性医師に乳がんや子宮がんの検診を受けるか、となったら途端にためらいを感じてしまったのだ。

 結局、担当の職員には「ちょっと待ってもいいから、いつもの女性医師で」とお願いしたのだが、我ながら矛盾を感じてしまった。

 別の診療所の男性内科医の知人は、女性患者の聴診や触診の時は必ず女性スタッフを診察室に立ち会わせているそうだ。「ナースは皆忙しくて処置室にいることが多いんだけど、聴診などの時だけは『誰か来て』と声を掛けて、必ず手伝ってもらっている」。

 もちろん、一番の目的は診察の補助なのだが、それだけではない。「女性の患者さんの場合、やっぱり診察室という密室で男性医師に聴診器を当てられたり、お腹を触診されたりするのは抵抗あるんじゃないかな。女性スタッフが同席することで、少しでも安心してくれたら、と思っているんだよね」。

 男性医師はそこまでは言っていなかったが、最近は男性医師が女性患者に対してどう考えても不要な触診を行ったり、衣服を脱がせて撮影したりといった、いわゆるセクハラ事件が相次いで報道されている。

 中には「セクハラではない。医療上、必要なことを行ったのだ」と冤罪を主張する医師もいるが、そういったトラブルを避けるため、というのも女性スタッフ同席の理由の一つかもしれない。

 とはいえ、いつも女性患者の診察は女性医師に、あるいは女性スタッフ同席で、とはいかないだろう。男性医師が1対1で女性患者を診察し、聴診や触診を行う場合もあれば、女性医師が男性患者を、という場合もある。

 診察室は基本的に密室なので、そこで何が起きても不思議ではないのだが、それでも医療の場ではお互いが「異性同士ではなく、あくまで医療を行う側と受ける側として向き合う」という基本がある。

 そのルールが徹底されていれば、本来は医師と患者が異性同士であっても、1対1の診察であっても、何の問題もないはずだ。

 もちろん、医療関係者がセクハラを行うこと自体言語道断だが、患者さんが医師のちょっとした言動にセクハラでは、という疑いを抱かざるを得ないという状況も悲しい。

 おそらくこの背景にあるのは、医療全体への不信感なのだろう。昔のような「お医者さんは何でも患者のために良かれと思っていることをやってくれている」という性善説に基づいた父親的なパターナリズム医療は、今は影を潜めた。

 それにより、医師と患者が対等になったのは良いのだが、医師の中にも「患者が全幅の信頼を寄せてくれないのなら」とばかりに自己中心的な行動を取る人が出てきて、患者側の不信感を増大させる結果となったのだ。

 セクハラでなくても、診察室で薬を処方したり検査を行ったりするたびに「必要ないクスリを出して稼ごうとしているのでは?」「検査漬けにして金儲けしようとしているのでは?」といった疑いの目を向けられることも時々あり、「医療は患者を食いものにしようとしている、という考えがここまで広まっているのだな」と悲しくなる。

患者の立場に立って確認を取る

 では、どうすれば私達医療関係者が再び患者さん、あるいは国民全体から信頼される存在になれるのか。

 ひとことで言うのは難しいが、まずは先のドクターのように女性の診察の時には「女性スタッフを呼びますね」とナースを同席させるなど、きめ細かい対応を心掛けるしかないだろう。

 そこで患者さんが「先生、大丈夫です。診察お願いしますよ」と言ったら、にっこり笑って「では、そうさせてもらいますね」と診察を進めればよい。

 ただ、冒頭に記したように、私もいざ「職場の男性医師に婦人科・乳腺科の診察を受ける」となったら、理由もなくためらいが生じてしまった、という経験は忘れないようにしたい。

 医師として相手が自分を異性として見ているわけではない、とよく分かってはいても、いざとなると「ちょっと抵抗があるな」と思ってしまうこともあるのだ。

 「今、患者さんはどう思っているのかな」「この状況、私にとっては日常だけど、患者さんは大丈夫かな」と相手の立場に立ちながら、分からない時は「こうしてよろしいですか」と確認を取りつつ、患者さんと一緒に「より信頼される医療」を構築していきたいものだ。

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