1963年福井県生まれ。85年防衛大学校卒業。98年筑波大学大学院修士課程修了。同年に海上自衛隊入隊。駐中国防衛駐在官(海軍武官)、防衛省海上幕僚監部情報班長、海上自衛隊第21航空隊司令(回転翼)、防衛研究所研究員などを歴任。海上自衛隊を退官後、IHS Janeʼs、東京財団を経て、今年6月から現職。専門は外交、安全保障、中国。単著・共著に『曲がり角に立つ中国』『何が戦争を止めるのか』『軍事大国・中国の正体』など。
北朝鮮はミサイル発射実験を相も変わらず行っている。日本海に着弾するものも多く、日本にとって「今そこにある危機」と言える。米トランプ政権の硬軟両刀政策の実効性や、北朝鮮の後ろ盾になってきた中国の変化の本気度、ここに来て北朝鮮に関わり始めたロシアの真意、そして日本の取るべき対応について、東アジアの安全保障に詳しい小原凡司氏に話を伺った。
——米国が圧力を掛けても、北朝鮮はミサイル発射実験を繰り返しています。
小原 北朝鮮にミサイル・核兵器開発を止めさせ、対話のプロセスに入らせるため、米国は攻撃型原子力潜水艦を韓国の港に入れるなど、通常ではあり得ないような軍事的圧力を掛けています。同時に、中国に経済的・政治的圧力も掛けさせています。しかし、北朝鮮はミサイル・核兵器開発を止めることはありません。核兵器の保有こそが、米国による北朝鮮の体制転覆を止めさせる唯一のバーゲニングパワー(交渉力)と考えているからです。しかし、大きな流れから見ると、この状況がエスカレートすれば、米国が軍事力を行使することはあり得ます。日本では軍事的圧力を掛けることと、軍事力を行使することを別物のように考えていることが多いですが、軍事力の行使もエスカレーションの一部であって、どこかに線が引かれているわけではありません。
——米朝非公式協議後の北朝鮮の変化は?
小原 トランプ政権は当初、北朝鮮の核兵器開発の中止が対話の条件と言っていましたが、その後、「適切な条件の下」と表現が変わってきました。その「適切な条件」が何かを探るのが、ノルウェー・オスロでの非公式協議でした。北朝鮮は米国の態度が軟化したものと捉え、すぐには軍事力を行使しないと読みました。つまり、時間稼ぎが出来るので、その間少しでもミサイル・核兵器開発を進めようとしたのです。最終的な目標は、米国に届くICBM(大陸間弾道ミサイル)と核弾頭の開発です。ただ、中国に抑え込まれて、今年に入ってからは核実験が出来ておらず、ミサイル発射実験も中距離弾頭ミサイルまで。直近に行ったのは、対空ミサイルと対艦ミサイルの発射実験です。前者は北朝鮮に飛来する米爆撃機を、後者は米空母打撃群を攻撃するもので、いずれも米本土向けの弾道ミサイルの射程を伸ばす実験ではありません。つまり、米国が攻撃しようとしても無効であることを誇示しているのです。これは、米国との対話を前提に、どちらが優位に立てるかポジション取りをしているのではないかと思われます。一方、米国は初のICBMの迎撃実験を行いました。米国はこれまで北のICBM開発を許さないといっていましたが、ICBMが完成しても怖くないとアピールし始めたのは、保有を認めることを前提にしていないか気になります。
支持率低下でトランプ政権は軍事力行使も
——米国は攻撃のレッドラインを示していません。
小原 トランプ大統領は、レッドラインを示さないことが、逆に相手の自主的な行動抑制に繋がるとしています。そもそも米国にレッドラインそのものがあるかどうかも分かりません。米国が駄目だと判断したら、いつでも軍事力を行使するとも解釈出来ます。その決定は北朝鮮の行動だけではなく、米国の世論や欧州などの同盟国の支持にもよります。ですから、北朝鮮はミサイル発射実験の際、米国の同盟国である日本に対しても、「これ以上米国を支持するようだったら、在日米軍基地以外も攻撃目標になり得る」と言いました。これは、米国の軍事力行使に反対してほしいという意味です。
——米国が北を攻撃する場合のタイミングは?
小原 軍事力行使には段階的なハードルがありますが、最も高いハードルは国内世論の支持です。米国民にとって北朝鮮は「極東」で、非常に遠いと感じています。しかし、北朝鮮がICBMと核弾頭をやがて保有することや、北朝鮮が既にサイバー攻撃を行っていることをトランプ政権が脅威として煽るのも世論喚起策になるでしょう。特に、トランプ政権は今、「ロシアゲート」(ロシアによる米大統領選介入とトランプ陣営の癒着疑惑)でガタガタしているので、国民の目を外に向けるために「共通の敵」を海外に求めることは、どこの国でもあることです。
——昨年の大統領選の時、トランプ氏は「世界の警察官」を辞めると言っていましたが。
小原 世界の警察官を辞めることが、安全保障政策を変えることにはなりません。これまで米国は理想主義を掲げて民主主義や自由、人権といった基本的な価値を世界に広めるのが米国の役割であるとして、それに反する行動には軍事力を行使してきました。しかし今後は、軍事力行使のプライオリティーが理念ではなく国益、特に経済的な権益になったのです。米国の安全保障の根幹である軍事力の世界展開には変わりがありません。だから、北朝鮮のミサイル・核兵器開発問題でも、トランプ政権は理念の話をしません。
続きを読むには購読が必要です。
LEAVE A REPLY