最近、テレビ番組の影響もあってか、「総合診療科」に注目が集まっているようだ。大学病院などで何科を受診してよいか分からない患者さん、「だるい、熱っぽい、すっきりしない」など症状が漠然として絞りきれない患者さんが受診して、問診、聴診や触診、検査などを通して“不調の源”を突き止めていく。症状がそれほど深刻でなくても、時には思わぬ重大な疾患が隠れている場合もあるので、医師は気が抜けない。
非常に高度な医学知識や手技を求められる総合診療科だが、よく考えてみると、専門を絞らず「内科」などと標榜している開業医は皆それと同じことをやっているとも言える。
最初から「Ⅰ型の糖尿病なのですが、コントロールがうまくいかなくて」などという人は、町中の一般内科には行かず、大病院の糖尿病外来を訪れるだろう。
内科のみならず整形外科を標榜していても、「何となく頭と首の辺りが重くて」「風邪が治りきらない感じで腰も痛い」などと、その背景に内科疾患があるのか、それとも整形外科的な問題か、という人が受診するに違いない。
そして、そのかなりの割合にメンタルの問題が関係していると思われる。
とはいえ、一言で「メンタル」と言っても、患者さんが訴える症状の全てがメンタル不調から生じているのか、あるいはその一部の原因か、さらには身体症状があるから結果的にメンタルも不調になっているだけなのか、その見極めは本当に難しい。最初から「ああ、メンタル系の問題か」と思い込んでしまうと、重篤な身体疾患を見逃して命に関わる場合もある。
家庭の事情や心の問題を聞いてみる
ただ、メンタルの問題を見逃して、慢性疼痛や慢性の胃腸症状などで検査を延々と続けたり、鎮痛剤や消化性潰瘍の治療薬などを投与し続けたりするのも、患者さんにとってのメリットにはならない。
もちろん、「よく診てもらっている」という心理的満足が症状の軽快に繋がる場合もあるが、多くは検査や大量の投薬で心身に負担が生じたり、「ちっとも良くならない」と不満が募ったりするだけだろう。
これといった異常が見つからない場合は、「ところで、今の生活で大きなストレスは無いでしょうか」「ここ数年で、あなた自身に何か大きな出来事は無かったですか」などと、生活歴を少し詳しく聞いてみることをお勧めしたい。
かつて、全身の不調を訴え、内科で「膠原病の疑い」と診断され検査漬けになっていた人が、知人から勧められて、私の診察室を訪れたことがあった。これまでの検査では取り立てて異常は見つかっていないのだが、内科医は「ここまで多彩な症状があるからには、何か病気があるはずだ」と、より詳しい検査を勧めるのだそうだ。
診察室に入ってきた女性は、様々な身体症状を有しているにもかかわらず、とても手の込んだ服装や化粧をしていた。それ自体は問題無いのだが、全体的にやや過剰で不自然な印象を受けた。
ひと通り体の不調について聞いた後、「ところで今の暮らしですが」と私は生活歴についてやや詳しい質問をしていった。すると、その人には夫がいるが、この1年ほど外泊が多くなり、どうも若い女性と交際しているようだとのこと。子供がいないので、家で1人過ごしながら、彼女は「私だって女性としてまだまだ頑張れる」とファッションに気を配ったり、料理教室に通ったりして、“自分磨き”をしている、と言っていた。
しかし、そうやって精一杯自分をしっかり保っても、もちろん寂しさ、悔しさが募る。
少し時間をかけて家庭の話を吐き出してもらうと、その女性の顔に自然な穏やかさが戻ってきた。それから「では、時々ここに来て頂き、いろいろお聞きしましょう」と伝えて、何回か通ううちに、彼女は自分でも「自分に必要なのは、夫としっかり話し合ってみることです」と言うようになり、それと同時に体の症状はどんどん消えていったのだ。おそらく様々な身体症状は、そういった彼女の心の声だったのだろう。
もちろん、忙しい外来で、そこまで家庭の事情や心の中の問題を聞くのは、一般の開業医や総合診療科のドクターには無理だと思う。
とはいえ、カウンセラーをスタッフとして雇用するわけにもいかない。だとしたら、「あなたの場合は心身両面に問題があると思うので、体の治療は引き続きこちらでやりますが、心療内科にも通ってみてはどうでしょう」と勧めてみてほしい。
「あなたの問題はこっちじゃないよ、メンタルだよ」とだけ告げれば、患者さんは「見捨てられた」と失望するかもしれない。しかし、「一緒に診ていきます」と言うと、意外にすんなり、メンタル科を受診してくれることが多い。
その場合、近隣のメンタル専門医と日頃から連絡を取り合い、患者さんに「この駅前のメンタルクリニックは女性医師がやっていますが、いい人ですよ」「こっちはやや高齢のドクターですが、腕は保証出来ます」などと、より丁寧な紹介が出来る。
理想は「心身総合科」の存在
本当は総合診療科のさらに上をいく、「心身総合科」なる科があればいいのに、と思うことがある。あるいは、元は内科医でも、逆に元は精神科医でも、常に「心と身体」の両面からの見方を忘れずに、1人の患者さんに向き合える医師の養成が望まれる。
そう言う私自身、診察室には精神科の専門書ではなく、『内科外来マニュアル』『内科診断学』などを備えて、たとえ「私、うつ病だと思うんです」と自己申告する患者さんが来ても、「体に問題はないかな」とひと通りのチェックは怠らないようにしている。
それには時間と気持ちに余裕が無いと難しいのだが、命に関わる身体疾患が見逃されないようにすることは、精神科医にとっても最低限必要な“医師としてのマナー”だと自分に言い聞かせている。
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