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未来の会

「雇用改善」でアベノミクスを評価する過ち

「雇用改善」でアベノミクスを評価する過ち
人手不が招いたも

在、人手不足、労働力不足が深刻だという。日銀短観2017年3月調査では、全規模・全産業の雇用人員判断DI(過剰−不足)はマイナス25で、バブル崩壊直後の1992年以来の「人手不足感」になっている。

 当然、雇用面にも影響が及び、厚生労働省の発表によると、16年度平均の有効求人倍率は1・39倍を記録。バブル期の91年度の1・43倍に次ぐ高水準となっている。

 しかも、昨年10月から、「正規雇用」の伸びが5カ月連続で「非正規雇用」の増減率を上回るという、新たな現象も生まれている。総務省の労働力調査によれば、この2月の「正規雇用」者数は3397万人で、前年同月比で1・5%の増加。半面、「非正規雇用」者数は2005万人と0・5%減少している。後者が減少したのは、15カ月ぶりだという。

 今年2月の完全失業率が2・8%だから、もはや、ほぼ「完全雇用」状態と呼べるだろう。安倍晋三内閣が本格的に動き出した2013年当初は4%台前半だったから、改善したのは間違いない。このため、日本経済が一時、悩まされていた労働市場での「人余り状況」は、ほぼ解消したかのように見える。

 だが、巷に散見される「人手不足=雇用の改善=アベノミクスの成功」という三段論法は、果たして妥当なのか。4年が経過したアベノミクスの総括は、この「人手不足」という事象を判断材料として「良」と断じられるのだろうか。

 中には、「日本銀行の強力な金融緩和の後押しで『供給>需要』という不況は改善、そして強固なデフレ圧力は和らぎ続けた。……金融緩和や財政政策で総需要が増えるので、新規雇用が生まれる」(東洋経済オンライン4月10日配信「『人余り』が解消、いよいよ賃金は上昇局面へ」)などと、日銀総裁の黒田東彦が聞いたら泣いて喜びそうな「論評」も登場しているが、本当にアベノミクスによる「需要」の増大で、雇用が改善したのだろうか。

 こうした類いの「アベノミクス信奉者」は珍しくないが、目下はやりの役人の「忖度」を真似したのかと見紛うほど大甘だ。そもそも日本経済が失業率改善に向かい、有効求人倍率が上昇し始めたのは旧民主党政権下の09年後半からで、アベノミクスとの関連性は薄い。

新規の就職件数は減り続けている

 そして人手不足となっている根本要因は、何らかの政策の結果というよりも、就労人口の減少に負う面が大きい。特に労働力の中心となる25歳から54歳までの男性の就業者総数は02年前後から顕著に落ち込み始め、約2500万人から今日まで団塊の世代の高齢者を中心に200万人以上も減少している。加えて少子化もあり、こうした人口動態の変化が人手不足を招いたのだ。

 第一、「忖度」まがいの「不況は改善」なる見立てに関しては、未だ実質国内総生産(GDP)が消費税率引き上げ前の14年1〜3月期の水準にすら回復していないという事実すら、考慮されていないようだ。

 ちなみに、前述の「忖度」記事(?)は、「2016年度の上場企業の倒産が1990年度以来のゼロとなった」などと、アベノミクスを持ち上げているが、「上場企業」とは、日本の企業総数の0・09%にすぎない事実すら知らないのだろうか。

 中小企業庁が発刊する『2017年度版中小企業白書』によれば、「隠れ倒産」と呼ばれている、倒産にカウントされない「休廃業・解散」は過去最多の2万9583件で、2000年と比較すると約2倍という驚きの数字だ。16年度の中小企業の倒産数は8446件だから、その3・5倍にもなる。倒産数は08年以降、減少傾向にあるというが、休廃業・解散と倒産を合計すると16年度は3万8029件で、アベノミクスがスタートする以前の11年度と、ほぼ同じ水準だ。

 このように、実態経済は、依然として景気回復にほど遠い。それでも人手不足とされ、「完全雇用」状態にあるのは、就労人口そのものの減少以外に説明は困難だろう。

 しかも、厚生労働省の「職業安定業務統計」によると、確かにアベノミクスが始まったとされる13年以降、有効求人倍率は伸び続けている。だが、逆に新規の就職件数は減り続けている(注=新卒及びパートを除く年平均値で分析)という、動かしがたい現実がある。

 求人の減少は、サービス業を中心に賃金や労働条件の劣悪さによって職探しを諦めたというケースも少なくないが、これも明らかに就業可能な世代の人口減による労働力供給の減少が主要因であることは疑いない。もしアベノミクスによる景気回復で労働力需要が増大したとするのであれば、就業者の減少という事態は説明がつかないはずだ。

賃金は「上昇局面」に向かわない

 そして今日、最も問題とされるべきは、人手不足それ自体ではない。「正規雇用」の伸びにもかかわらず、そして人手が足りなくとも、「賃金は上昇局面へ」決して向かいそうにもない点ではないのか。

 厚労省が発表したこの3月の毎月勤労統計調査(速報値)によれば、これほど人手不足が騒がれながらも、賃金の伸びから物価変動の影響を差し引いた実質賃金は前年同月比の0・8%減となった。この実質賃金の下落幅は15年6月の3%減以来、1年9カ月ぶりの大きさだ。

 また、内閣府の「国民経済計算」で示された雇用者報酬を、総務省の発表の「労働力調査」の雇用者数で割った1人当たりの雇用者報酬でみると、16年度は465・8万円で、ピークだった1997年度の516・6万円と比べると50万円以上の下落だ。低賃金構造は、人手不足でも改善の見込みは期待薄でしかない。

 つまり、「『人余り』が解消、いよいよ賃金は上昇局面へ」などという思惑は、絵に書いた餅に等しい。「正規雇用」の伸びが増えようが、サービスを中心とした受け皿の雇用環境は低賃金が多く、生産性も低いので、肝心の消費の伸びには結び付きにくい。個人消費はGDPの約6割を占めるため、結局景気は冷えたままだ。今後、確実に人口は減り続け、GDPの拡大も望み薄にもかかわらず、実質賃金が上がらなければ、何に日本経済の望みを託せるのか。

 折しも財務省が発表した2017年1〜3月期の邦人企業統計調査で、資本金10億円以上の大企業の内部留保は400兆3949億円となった。400兆円を超えるのは同調査初とされるが、これが賃上げや投資に向かう可能性は乏しい。

 人手不足だろうが何だろうが、アベノミクスを支持して安倍に政治献金を注ぎ込んでいる勢力にとっては、「上場企業の倒産」がゼロで、内部留保が400兆円を超えるような状態こそが望ましいのだろう。であるならば、ろくに賃金も上がらぬままダラダラと人手不足が続き、それに影響されやすい中小企業が泣きの涙を見る——というのが、この国の未来図ではなかろうか。  (敬称略)

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