眼科の先端的な治療において、欧米と日本の間には差があるようだ。そのギャップを埋めるべく、2014年に発足したのが、全国の眼科医や企業人でつくる眼科先進医療研究会。荒井宏幸会長に会の活動を聞いた。
◆研究会設立の経緯は?
荒井 眼科医療、特に先端的な診療において、日本と海外との間にかなり差があると感じます。このギャップを認識し、今後も世界に負けないようなレベルをキープしたいと頑張っている眼科医がいます。また、海外の医療機器などを扱う商社の中に、何とかしなければならないと思っている人達もいます。ただ、そうした努力は個人レベルにとどまっていました。眼科医療の先端をリードする集団が出来れば、個人でやるよりも、より大きくアピールすることが出来るのではないか。そう考えて、2014年に眼科先進医療研究会を立ち上げました。発足メンバーは3人ですが、今は15人程度。私的な集まりであり、同じ志を持つ仲間の集団です。
◆日本の眼科先進医療についての課題認識は?
荒井 私達は、世界の最先端を知った上で、いいものがあれば積極的に取り入れたいと考えています。しかし、国内に持ち込むにはハードルが高い。例えば、世界では多様な眼内レンズが使われていますが、国内で使えるものは非常に少ない。あるいは、白内障手術で使われる装置です。最新のものならレーザーで手術が出来るので、メスを使う必要はありません。非常に有効な装置ですが、日本には30台くらいしかない。一方、米国では1400台以上が導入されているそうです。こうした先進的な機器、技術が日本に導入しにくい理由は様々でしょう。一つには制度的な課題があります。厚生労働省の認可を得るまでに、相当の時間とコストがかかる。また、保険医療での適応範囲が拡大するスピードは比較的ゆっくりしたものです。保険医療でカバー出来なければ、患者は自費で診療を受けることになる。結果として、自費診療の最先端医療の普及は遅れることになります。
◆海外医療機器メーカーの姿勢はどうですか。
荒井 最新機器の認可に5年かかるとすれば、認可された頃には、欧米では進化した次期バージョンがリリースされているでしょう。欧米の医療機器メーカーの姿勢も、前向きとはいえないケースが多い。日本市場を重視する企業もありますが、中堅クラスのメーカーには手間をかけて参入するほど日本市場は魅力的に映っていません。
自費診療でも優れた治療法は多い
◆眼科医の意識は変わりつつあるのでしょうか。
荒井 多くの眼科医は、自費診療についてあまり興味が無いと思います。もちろん、海外でどんな医療が行われているのか、どんな最新機器が使われているのかといった一定の知識は持っています。しかし、自分がやるかどうかは別問題。ただし、若手の中には、「このままではいけない」と思っている医師もいます。海外に優れた技術があるのだから、患者のために自分のクリニックで使いたい。患者に対する気持ちの他、経営的な観点もあるでしょう。今後10年、20年先を考えた時、「保険医療だけでやっていけるのだろうか」という懸念です。他の診療科と比べると、眼科は比較的自費診療を取り入れやすい側面があります。周辺の眼科との差別化を考えると、自費診療は一つの選択肢。保険と自費による収入を、中長期的には7対3とか5対5にしたいといった考えの医師もいるでしょう。
◆自費診療に良いイメージが無い医師が多い?
荒井 それはあると思います。欧米では標準的な治療法でも、国内で未承認の治療法と敬遠してしまう。あるいは、「怪しげなもの」といったイメージを持っている医師もいるかもしれません。保険適用外であっても、優れた治療法はたくさんあります。世の中に対してそうしたメッセージを発信することも、この研究会の目的の一つです。
◆レーシックとの縁は早くから?
荒井 19年前、現在は慶應義塾大学医学部の坪田一男教授が日本で初めてレーシック専門のクリニックを立ち上げる時、私もプロジェクトに参画しました。日本ではデータが揃わないので私が米国に派遣され、レーシック手術を見学しました。当時、眼鏡を掛けていたのですが、現地で教わった医師に「日本でレーシックを広めたいなら、自分が眼鏡では説得力が無いだろう」と言われ、手術を受けました。翌朝、宿泊したホテルでカーテンを開けた時の感動は今も忘れません。海岸の美しい景色が、両目に飛び込んできました。そんなこともあって、屈折矯正手術を専門にしようと決めました。
◆その後、レーシックはかなり広まりました。
荒井 ただ、今も保険は適用されません。大学病院としても手掛けにくいので、眼科を志す若手医師は実地に学ぶ場所が無い。だから、私のところに若手医師が見学に来ることもあります。そうした経験を通じて、「学びたい人は、結構いるのだ」と思いました。そんな気付きが、研究会の発足に繋がった面もあります。
◆先端医療では大学病院の役割が大きい?
荒井 もちろん、大学病院では数々の先端的な取り組みが行われています。ただ、自費診療となると、大学病院には制約が多い。欧米などで導入された先端医療で、それが有効だと考える医師がいたとしても、保険適用が見込めなければ前に進めません。大学病院には難症例が持ち込まれますし、保険医療の枠内でやるべきことは山ほどありますから。若い医師達が自費診療の先端医療を学ぶ場は、非常に少ないのです。
◆日本の規制は欧米と比べて厳しいですか。
荒井 米国では、FDA(米国食品医薬品局)の認可が無ければ医療機器は使えません。日本では厚労省の認可が無くても、個人輸入という方法があります。医師の裁量が認められているということ。その意味で日本は米国ほど厳しくない。欧州はCEマーク(欧州連合加盟国の基準を満たす商品に付けられる基準適合マーク)による認証ですが、工業規格という位置づけなので、比較的認証を得やすいということはいえるでしょう。
学会から頼られる存在を目指す
◆眼科先進医療研究会の今後の展望は?
荒井 現在は年に2、3回集まって海外の最新事情、目指すべき方向性などを議論しています。今後は徐々にメンバーを増やす予定ですが、規模拡大が目的ではありません。確かな知識と技術、最新の機器を評価し、良いと思えば買えるだけの経済的バックグラウンドを持つ眼科医に声を掛けていきます。もちろん、私達と基本的な考え方を共有出来る人物でなければなりません。将来的にはセミナーやシンポジウムなども企画したいと思っていますが、同時に、学会などから頼られる存在になりたい。例えば、学会の一つのセッションを任されるとか、学会から「この分野のプレゼンターとして適任のドクターは?」などと意見具申を求められる研究会を目指しています。
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