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原発事故賠償費用を「事後」に国民に負担させる不条理

原発事故賠償費用を「事後」に国民に負担させる不条理
東電改革東電救済

 例えばある日、どこかのイタリアンレストランで食事をしたとする。気に入ったのでまた訪れると、店主から「実は前回、使ったチースの料金をメニューの価格に組み込むのを忘れていたので、その分を追加で払ってほしい」と言われたら、どう思うだろうか。

 「忘れたのは店の責任だから払わない」と断るのが常識で、このような店主の言い分が一般社会で通用するはずがない。ところが驚くなかれ、この国では今後、堂々と通用することになる。しかもこれと同じ理屈で「追加分を払え」と請求してくるのは、世界有数の電力会社・東京電力だ。

 経済産業省は2016年、「原発事故に伴う費用が増大する中、福島復興と事故収束への責任を果たすため、東京電力はいかなる経営改革をすべきか」という課題を検討する諮問機関「東京電力改革・1F問題委員会」(委員長=伊藤邦雄・一橋大学大学院商学研究科特任教授)を立ち上げ、「東電改革提言」をまとめさせた。

 さらに「(電力自由化に伴う)競争活性化の方策と競争の中でも公益的課題への対応を促す仕組みの具体化に向け」て「審議を依頼する」ためと称し、「電力システム改革貫徹のための政策小委員会」(小委員長=山内弘隆・一橋大学大学院商学研究科教授)なる諮問機関も設置。こちらは、作成した「中間とりまとめ」が1月17日までパブリックコメントの対象となった。

 一般の認知度は低いが、要するにこの二つの諮問機関は東電にできるだけ負担をかけず、原発の事故賠償や廃炉などに伴う巨額の費用を、どうやって国民から吸い上げるか——というための方策を練ったもの。例の「追加分請求」の理屈は、「中間とりまとめ」に登場する。

 つまり、「万一の際の賠償への備えは、1F(注=福島第一原発)事故以前から確保されておくべきであったが、政府は何ら制度的な措置を講じておらず、事業者がそうした費用を料金原価に算入することもなかった」という理由で、何と「過去分の負担」を「全ての需要家から公平に回収する」という。

 福島原発事故の賠償額に関しては、当初5・4兆円と見込まれていたが、「東京電力改革・1F問題委員会」で公表された数字ではこれが7・9兆円にも膨れ上がっている。このうち2・4兆円を「事故以前から確保されておくべき」費用とし、電力料金に含まれる大手電力会社の送電線の利用料である「託送料金」に上乗せし、2020年から40年間かけて、大手以外の新電力も含めて「(過去に)安価な電気を利用した」契約者に請求されることになる。

諮問機関委員に消費者代表が皆無
 だが、販売時に原価に含まれていなかった分を、過去に遡って取り立てるなどというのは、資本主義の商取引ではまずあり得ない行為だ。

 こうなったのも、元をただせば互いに癒着してきた「政府」と「事業者」の責任だろう。1979年にスリーマイル島の原発事故、86年にチェルノブイリ原発事故が起きながら、原発の「安全神話」を振りまいてきた。

 加えて、原発から出る放射性廃棄物の最終処分場も建設のメドがないのに「安価なエネルギー」と宣伝し、賠償費用の備えもろくにしてこなかった。それを棚に上げ、一般利用者に事故の賠償額を負担させるというのは、あまりに不条理な東電救済策と指弾されても仕方あるまい。

 そもそも、これだけ重要な問題を役人が自己都合で委員を選んだ諮問機関だけに任せていいはずがない。しかも「東京電力改革・1F問題委員会」は、8回の審議内容が全て非公開で、おまけに東京電力ホールディングス代表執行役社長の廣瀬直己が「オブザーバー」という資格で堂々と加わっている。

 委員にも、原発メーカー・日立の「名誉会長」だの、同じく原発メーカーである三菱重工のグループ会社・三菱ケミカルホールディングスの「取締役会長」、原発の資材供給を担う新日鉄住金の「相談役名誉会長」だのが顔を揃えている。消費者代表は、皆無だ。少なくとも公的な諮問機関の体をなそうと思ったら、当該問題に関わる業者風情の利害当事者を排するというのが当たり前の常識だろう。そうならないのは、繰り返すように最初から経産省の狙いが東電救済ありきだからだ。

 だが本来、東電が取り組むべき対応とは、ごく単純なはずなのだ。11年の原発事故を引き起こした第一義的責任が東電にある以上、賠償・事故処理の費用は資産を売却しても自社が払わねばならない。その結果、債務超過に陥っても、「自己責任」として法的に破綻処理をするのが資本主義の当然すぎるルールだろう。それでなければ肝心の東電の責任は問われず、経営者・株主・債権者の利益だけが優先されることになる。

事後処理費は21・5兆円と倍増
 ところが、前述の「中間とりまとめ」では東電の倒産を回避するため、「既に福島第一原発の事故処理に必要と見積もった21兆5000億円のほとんどを、国民の電気料金から回収する方針が固まっていた」(『東京新聞』16年12月17日電子版)という。21兆5000億円の内訳は、前述の賠償額7兆9000億円以外にも、「東京電力改革・1F問題委員会」のヒアリングでは廃炉費用と汚染水対策で8兆9000億円、除染費用が4兆円、中間貯蔵施設の建設費が1兆6000億円と公表されている。13年の時点の政府見込みと比較し、約2倍もの増だ。

 しかし、本当にこの程度で済むのか。単に廃炉といっても、壊れた原子炉の下にある制御不可能の溶解した核燃料集合体を取り出すという、人類が未だ経験したこともなく、当然技術も皆無の文字通り想像を絶する難事業が待ち構えている。しかも、1日400万㌧もの止まらない汚染水対策で鳴り物入りで登場した凍土壁も、完全な失敗作に終わりそうだ。いったい8兆9000億円という数字だけでも、算出の根拠は何なのか。のみならずこのままだと、廃炉費用・汚染水対策以外の全ての費用も、予測困難なほど青天井式に膨れ上がっていくだろう。

 同じように、国民が今後負担し続けなければならない上限も見えないということだ。これが日本経済全体にとってどれだけマイナスに影響するか、やはり想像を超える。

 東電は「安全神話」を自ら演じるためか、原子力損害補償法の保険金額をわずか1200億円に設定していた。21兆5000億円の、183分の1にすぎない。本来ならば、同補償法を即刻改正し、原発事故による被害を弁償可能なまでの保険制度を構築すべきだろうが、もし実行したら保険料は巨額になり、今度は「原発=安価」という未だ政府が信じているらしい「神話」が崩壊しよう。

 もっとも、21兆5000億円もの途方もない保険金額の保証を引き受ける保険会社が、世界にあるのか。この点で、原発とは事業として成立し難いという仮説を立てるのも可能かもしれないが、仮説が完全に実証された末の将来を、私たちは誰も予測することはできない。 (敬称略)

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