医療界がニーズ・報酬・体制づくりの課題を指摘
「療養病床」廃止期限の2017年度末まで1年半を切る中、厚生労働省は10月、全国に約27万床ある療養病床の半数を3種類の新たな介護施設に転換させる構想を示した。同省が06年に介護型療養病床の廃止を打ち出してから10年、ようやく病床再編は実現へ向けて動き始めた。ただ、現在入院している患者の行き場がなくならないか、新型の施設は医療ニーズに応えられるのか、経営を維持できる報酬を確保できるのか、といった懸念は依然消えていない。
10月26日の社会保障審議会「療養病床の在り方等に関する特別部会」。療養病床の移行先として3種類の新たな施設類型案を示した厚労省に対し、療養病床を持つ病院などでつくる日本慢性期医療協会(日慢協)の武久洋三会長は「医療が必要な患者は、各種機器が備わった病院においてこそ安心して対応できる」と述べた上で「当協会の調査では、療養病床にこそ医療必要度の高い重症患者が入院している。経過も見ずに介護保険施設や住まいに移行せよというのでは、政策としていかにも中途半端だ。高齢者にしかるべき医療を提供せず、死に至るに任せるというスタンスは、現代の文明国家としていかがなものか」とたたみかけた。
特別部会で厚労省が提示した療養病床の移行先の大枠は、①医師が施設内に常駐する「医療内包型」と②居住スペースと医療機関を併設する「医療外付け型」施設の2パターン。このうち①の医療内包型は医療を強化した特別養護老人ホームのようなイメージで、認知症や重症の人を対象とするⅠ型と、容体の比較的安定した人を対象とするⅡ型に分類されている。いずれも介護保険法に基づく施設で、入居者1人当たりの面↖積は8平方㍍。今の療養病床(6・4平方㍍)より少し広い。
一方、②の医療外付け型は、施設に併設された医療機関から医師が訪問診療するかたちだ。居住性を重視した個室で、入居者1人当たりの床面積は13平方㍍以上と特養の基準10・65平方㍍を上回る。今の介護付き有料老人ホームなどに近いイメージだ。①②ともみとりにも対応した「ついのすみか」で、移行までの期間を3年間と想定している。
かつては社会的入院で逆に医療費増
療養病床は、介護だけでなく、たんの吸引といった医療も必要な患者が長期入院をするための施設。2000年の介護保険制度発足時に医療保険適用の医療型と、介護保険適用の介護型に分けられた。一般の入院病床より医師の配置基準を減らすことで医療費を抑える目的があった。ところが、在宅療養できない人の「社会的入院」が急増。同病床はピーク時には計38万床に達し、逆に医療費を押し上げる一因となった。
このため、厚労省は06年の医療保険制度改革で、介護型を11年度末時点で全廃、医療型を4割削減する方針を打ち出した。しかし思うように削減は進まない。厚労省は療養病床の移行先として「転換老健」(介護療養型老人保健施設)という類型をつくったものの、報酬の低さなどから普及しなかった。民主党(当時)政権時の12年、廃止期限は17年度末まで延期されることが決まり、安倍晋三政権もその方針を引き継いだ。
療養病床は介護型が約6万1000床、医療型が約21万3000床ある。介護型全てと、医療型のうち医療の必要性が低い人向けの7万6000床の計約13万7000床を廃止し、入院患者を自宅や既存の介護施設に加えて新たな施設に移すのが厚労省の意向だ。17年度末の廃止期限が迫っていることから、同省は今年6月に同特別部会を設置し、移行先の具体案づくりに着手していた。
療養病床の廃止・移行の遅れについて、厚労省の浜谷浩樹審議官は26日の特別部会で「介護療養病床の患者像を十分把握しておらず、受け皿となる適切な施設を設置できなかった」と釈明。新たな施設に関しては「現行の介護療養病床にプラスアルファ(の生活施設の機能)を併せ持たせるというイメージ」と説明した。同日は厚労省の提示案を根本から否定する意見こそ出なかったが、移行までの経過期間を6年とするよう求める声が出た他、医療型病床が介護保険施設となることに対し、「介護保険財政は持ちこたえられるのか」(東憲太郎・全国老人保健施設協会会長)という懸念も相次いだ。
厚労省は年内に制度の骨格を固め、来年の通常国会に関連法案を提出する考えだ。ただ、報酬面や職員の配置基準はまだ明確になっていない。「各論」に入るのはこれからだ。医療現場には医師や看護師の配置が少なくなることへの不安もあり、日本医師会は「新施設の報酬や人員も分からないうちの転換などできない」と主張している。もともと療養病床削減の出発点は医療費のカットにあった。「経営の成り立つ報酬になるのか」「少ない人員を強いられることで、安全性を損なったり、患者への虐待や拘束が増えたりしないか」といった不安は根強くある。
新たな施設では、部屋代や食費などが全額入居者の自己負担となる。厚労省は「医療内包型」の施設に関しては低所得者向けの補助を検討しているものの、入所者の負担増は避けられそうにない。
「病床」を「施設」にすげ替えるだけか
厚労省が15年3月にまとめた「地域医療構想策定ガイドライン」では、療養病床の入院患者のうち、医療の必要が低い人の約7割は自宅や介護施設に移ると見込んでいる。しかし一方で、特養や老人保健施設、療養病床の利用者に対する調査によると、退院後に「在宅」に移行することが可能な人は3〜4割程度で、落差は大きい。埼玉県内の療養病床を備える病院の院長は「療養病床の入院患者の7割を自宅や介護施設に移すのは、実感から言ってとても無理。療養病床は減らすどころか、増やさないと行き場のない人が出てくるのではないか」と不安を口にする。東京都慢性期医療協会が、患者や家族約630人を対象に実施したアンケートによると、自宅での療養は不可能と答えた人が約9割に達している。
この他、病院から施設への移行を妨げているのが「医師のプライド」だ。「転換老健」への移行が進まなかった理由の一つは、名称が「病院」から「施設」に変わることに対する医師の抵抗だったとされる。「呼び名が『病院長』から『施設長』になるのを嫌うドクターは少なくない」と厚労省幹部。今回はその点を踏まえ、「医療外付け型」では、病院の看板を掲げたまま一部を施設にすることを可能とした。それでも同幹部は「外付けでも『格落ち』ととらえる医師はいるでしょうね」と漏らす。
厚労省の今回の提案には、病床削減による医療費削減と同時に、人口減に伴って増え続ける空きベッドを活用した高齢者の住まいの整備、という狙いもある。療養病床が新たな施設に移行すれば、入院していた患者は「病院」から「在宅」に変わることになる。とはいえ、入所している患者本人の実態は何も変わらない。
「新たな施設とは、病院の『病床』を介護保険上の『施設』にすげ替えるだけなのか。名称を変えるだけなら無意味だ。病床削減が達成できればよいということではない」。日慢協の武久会長はこう指摘している。
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