日本社会とカンボジア医療の発展に貢献するシステム
カンボジアの首都プノンペンで10月、日本初のアウトバウンド型医療産業輸出として建設が進められていた「サンライズ・ジャパン・ホスピタル・プノンペン」(SJH)が診療を始めた。脳神経外科を中核にした救命救急機能をはじめ、内科や外科なども備えている。日本政府が提唱する「日本再興戦略」の一環で、設備だけでなく医療技術などソフトの移転も含めた「日本の病院を丸ごと輸出する」試みだ。日本とカンボジア両政府の協力で、カンボジアの医療体制の向上を目指す。
SJHはプラント建設大手の日揮、官民出資の投資ファンドの産業革新機構、北原国際病院(東京・八王子市)を運営する医療法人社団KNIの関連会社キタハラ・メディカル・ストラテジーズ・インターナショナルの3社が現地に設立した合弁会社「サンライズ・ヘルスケア・サービス」が運営を担う。北原国際病院から出向している医師や看護師、事務スタッフ約20人の他、同病院で研修を受けた約50人を含むカンボジア人スタッフ約100人が業務に携わっている。
“地産地消の医療”を目指す
9月20日の開院式で、プロジェクトの中心となったKNIの北原茂実理事長は「目標は高品質で継続可能な医療サービスの開発。新しいシステムの設立のための出発点にしようではありませんか」と力強くスピーチした。
従来は途上国の富裕層を自国に呼び込み高額な医療を提供するインバウンドのメディカルツーリズムが中心だったが、北原理事長は「それでは自国医療も相手国医療も崩壊させかねない」と考え、「相手国に入り込み、医療者の養成や農業、ITインフラを含む医療にかかわる全てをその国に適した形で再構築し、“地産地消の医療”“総合生活産業としての医療”を現地に根付かせる」アウトバウンドの医療輸出を目指している。
SJHは鉄筋コンクリート4階建てで、延べ面積は4788㎡。敷地は7340㎡と広大で、将来は大学医学部の建設も視野に入れている。病床数は集中治療室(ICU)10床を含む50床で、救命救急センター、脳神経外科や脳血管内科などを擁する脳卒中センター、日本とネットワークを結んで遠隔診療もする総合内科センター、人間ドックなどを持つ健康診断センターで構成。磁気共鳴画像装置(MRI)も完備するなど、日本の水準の医療サービスを受けられる。総事業費は約35億円。そのうち10億円は国際協力機構(JICA)からの融資だ。
9月に行われた開院式典には、地元の人々ら約2000人が参加。フン・セン首相も出席し、北原理事長らとテープカットを行った。小田原潔・外務政務官が安倍晋三首相からのメッセージを代読。「2013年の公式訪問でフン・セン首相に日本の高度な医療技術を備えた病院設立の話をした。約束が実現してうれしい。官民一体となった努力が実を結び、カンボジア国内最高レベルの医経拠点が誕生するのは喜ばしい限り」と、首相肝いりのプロジェクトであることを強調した。
会員制度が医療保険制度の役割
カンボジアは現在、高い経済成長を続けているが、1970年代後半のポル・ポト政権時代に多くの医療者が殺害された影響で、医療の発展が遅れている。公的医療保険制度がないこともあり、重病の貧困層患者は医療を受けられずに亡くなる一方、富裕層を中心に毎年20万人以上がタイやシンガポールなど周辺国の病院を利用し、カンボジアの富が国外に流出。このため、医療インフラの整備が課題となっている。
SJHでは幅広い患者層に対応するとともに、救命救急に力を入れている。いくら富裕層といえども脳卒中や心疾患などで倒れた場合、外国の病院に飛んでいく時間的余裕がないからだ。
患者会員制度を設けたことも特徴の一つ。ブロンズ(年会費10ドル)、シルバー(同120ドル)、ゴールド(同320ドル)の3コースを設け、グレードによってさまざまな特典を用意している。将来的には蓄えた会費を医療保険制度のように運用し、貧困層にも「日本の医療」を提供できるようにすることを目指すという。
KNIでは2008年から経済産業省の協力を得ながらカンボジアの現地調査を進めてきた。12年には脳神経外科とリハビリを扱うキタハラ・ジャパン・クリニックをプノンペンに設立。調査に加えて医療サービスを提供するとともに、現地スタッフの教育にも着手。現地に派遣され、現在は広報担当の亀田佳一氏は「看護師らの教育をしたが、文化が違い過ぎて苦労した」と振り返る。
北原国際病院でもカンボジア人医療スタッフの研修をJICAの支援で行っている。日本で研修する理由は日本の「思いやりの医療」を学んでもらうため。同病院では技術だけでなく、「患者さん目線」「先を予測した行動」「多職種で協力したチーム医療」といった考えも教えているという。
KNIが目指すのは、あくまでも「地産地消の医療をつくり、継続的に現地で回せるようなシステムを構築する」こと。病院を建設して満足するものではない。現地の農業を巻き込むことはすでに始めており、農薬まみれの野菜づくりからの脱却を目指し、信頼できる農家と契約し、安全が確認されている野菜を病院食として使っている。
北原理事長は「産科、小児科、リハビリを含む総合病院の設立と保険システム、ITシステム、教育システムの構築のためにカンボジアでの事業を継続していく。病院のオープンは長い道のりのスタートにすぎない」とさらなる展開を描く。
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