多摩大学大学院教授 真野俊樹
この連載では、アジアや米国など、産業的な医療を中心に見てきているがここで、ヨーロッパの医療も見てみたい。
国民保健サービスの形成過程
第2次世界大戦直後、労働党のクレメント・アトリー政権(首相在任:1945〜51年)が「ゆりかごから墓場まで」をスローガンにいち早く作り上げたイギリスの医療制度は、46年に制定された国民保健サービス法に基づいて、48年より開
始された「国民保健サービス」(NHS: National Health Service)により運営されている。この制度によって、今日のイギリス医療を特徴づける家庭医(かかりつけ医)による初期医療システムが構築された。つまり、公的な医療としては最初にかかりつけ医を通すことなしに専門医療が受けられないことになる。
イギリスでは階級社会の伝統が根強いこともあって経済の停滞を招き、60年代以降は「イギリス病」とまで呼ばれる不景気に苦しんだ。
イギリスの公的医療保障としては、1911年に健康保険が始まった。これは低所得者層のみに適応されるものだったので、高所得者層や中所得者層は自費や組合共済を行っていた。第1次世界大戦、大恐慌を経て低所得者層の健康保険の適応もれが頻出し(被保険者の家族が多かった)、42年のベヴァリッジ報告(社会保険と関連サービス)の際、健康保険を補完し、全所得者層に適応する形で48年にNHSが創設された。
労働党左派の政治家、アナイリン・ベヴァン(通称はナイ・ベヴァン)がアトリー内閣の保健大臣としてNHSを導入したことで知られる。ベヴァンは福祉国家というマニフェストの下、英国医師会(BMA)の反対を押し切り、政府が費用を全て支払い、サービスを受けた時点での自己負担はゼロであるというNHSを創設したのである。46年にNHS法が制定された後にも、1年半の議論が起き、ここで3000弱あったといわれるイングランドとウェールズの病院は国営化された。
NHSは医療保険の発展補完であったため、他の社会保障はベヴァリッジ報告によって他の枠組みで発展していった。また、介護保険に相当するものは、少なくともNHSで保障するものはあまりなく、他の社会保障で補っている。
イギリス国民は現在、NHSに誇りと強い愛着を持ち、財産として守り続けるという暗黙の了解があるようだ。イギリス医療は完全に無料ではないが、約8割は税金で賄われており,国民は保険料(一部は国民保険の国民保健サービス保険料が国民保健サービスに使われている)のあるなしにかかわらず,この恩恵を受けることができる。すなわち、①全ての国民を対象とする保険料を財源とする拠出制給付②租税を財源とし、所得にかかわりなく支給される非拠出制給付③租税を財源とし、低所得者を対象とした所得関連給付──が特徴である。
NHSの財源は、上述したように税金と保険料からなり、税金の比率が圧倒的に高いのであるが、ここに一つの問題がある。すなわち、欧州連合(EU)離脱のトラブルで、ユーロに対するポンドの急速な弱体化に象徴されるように、イギリスの経済は厳しい(少なくともそう思われている)。
そんな中で、医療費にも大きなメスが入れられてきており、今後のイギリス医療が危ぶまれている。
ロンドン医療センター
院長は日本人であるが、もともと英国の医学部を卒業し、イギリスで家庭医を開業していた。現在は、日本人用がメインであるが医療機器が充実しているので、日本人以外や紹介患者も受け入れている。
こちらの施設は五つの診察室、処置室、薬局、身体障害者用トイレ、レントゲン撮影室、レントゲン透視室、超音波室、聴力検査、眼底、眼圧、視力検査、心電図室、内視鏡検査室、診察室がある。現地の高次医療機関との密接な提携関係を築き、短期間で質の高い医療サービスもしている。
ウェリントン病院
HCA(Hospital Corporation of America)は、アメリカに本社がある世界最大の株式会社の病院経営会社で、総売上は年間100億ドル、病院総数165、年間総患者数1400万人である。
イギリス国内では、ロンドンにはウェリントン病院を含めて六つの病院を経営しており、それらはTHE HARLEY STREET CLINIC, THE LISTER HOSPITAL, LONDON BRIDGE HOS-PITAL,THE PORTLAND HOSPITAL, THE PRINCESS GRACE HOSPITAL, THE WELLINGTON HOSPITAL、およびNHS病院施設を利用してプライベート医療を行う院内病院を持つ。それらはHARLEY STREET AT UNIVER-SITY COLLEGE HOSPITAL, HARLEY STREET AT QUEENʼS, THE CHRISTIE CLINIC である。
ウェリントン病院はイギリスで一番大きな私立病院で、北、中央、南の三つのビルからなる病院と、最新技術を駆使しDignostic and Imaging Unitであるプラチナメディカルセンターがある。ここには3TのMRI、PET/CTがある。契約している医師は400人という。
病院のベッド数は266床、34の集中治療室(ICU)、15のオペ室、三つのカテ室、三つの血管造影室を持ち、循環器科、神経科、整形外科、泌尿器科、婦人科が有名である。オペ室は6室である。リハビリセンターは56床あり、イギリス最大で、ここの特徴は多発外傷患者のリハビリテーションなどを含む神経のリハビリである。アメリカの病院のように65の診察室をコンサルタント(イギリスの上級レベルの医師)クラスの医師に貸し出している。
海外からの患者も多く受け入れている。12人の外国人コーディネーターを雇っており、患者の80〜90%が海外で、中東の患者も多いという。リハビリテーションの国際認証であるCARF(Rehabilitation Accreditation Commission Facilities)の認証を受けており、世界の最先端のリハビリ病院と情報交換をしているという。なお、この病院は国際病院評価機構(JCI)の認証は取得していない。
さらにこのグループでは、民営化の波が起きているイギリスで、NHSの病院の中に放射線診断センターを設立し、フロアーの賃料を支払ったりもしている。
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