食事や栄養に関する情報が多数流れる中、意外にも病院での栄養療法は薬物療法や外科療法の進歩の陰に隠れ、旧態依然たる体制のままで「食品栄養学」のレベルにととどまっているとの指摘がある。病院で個々の患者に対応すべき栄養療法や、それに対処するための医師や管理栄養士の役割を白井厚治理事長に尋ねた。
◆病棟での臨床栄養の動向は?
白井 我国の病棟での栄養療法は、欧米に比べて遅れており、国際的評価でも開発途上国の模範にはならないとの話がよく聞かれます。確かに、入院患者さんの側からみると、入院し良性疾患の手術を受けたが、食欲がないままやせ細り、我が家に帰って好きな物を食べやっと体力を回復したとの話をよく聞きます。また、肥満糖尿病があったが、肥満は、そのままでインスリン注射をし、帰宅後次第に薬の数が増えいくケースにもよく遭遇します。食品は成分が同じでも調理の仕方、個々人の消化力、最近では腸内細菌の違いで、違った効果を示します。にもかかわらず、「基準値に従って配膳している」と一方通行で、結果を考慮した食事調整がされにくい傾向があります。食事摂取調査も一般に看護師が何%摂取を記録し、週1回の栄養カンファランスで医師や栄養士に報告しているところが多いようですが、患者さんがどのくらい食べたかを栄養士が直にみて回るべきです。ことほどさように、病棟の管理栄養士は患者さんに十分向き合う体制になってないとの指摘がされています。本来、病棟は栄養療法の教育の場として最良で、食物によって病態が変わることを患者によく説明し、自宅に帰ってもその原則を守ってもらえば、病気の改善、さらに健康回復が継続できるはず。家族が栄養学を学べる機会にもなります。そのような機会を逃しているのが、今の医療現場における臨床栄養の動向ではないでしょうか。
体組成調整の人間栄養学を重視
◆病棟での食事療法は大切ですね。
白井 もちろんです。結核の治療も薬がない昔は、しっかり食べて体力や免疫力を付けることが中心で、栄養学が大切にされました。薬の発達でそれはそれとして役目を果たしましたが、「食べることの意味」はいつの間にか後ろに追いやられてしまい、医療従事者たちは薬の効果の検証ばかりに気を奪われてきたように思います。しかし、まずは「ヤセと肥満という体組成の調整」だけでもかなり健康を取り戻せます。現在、NST(栄養サポートチーム)活動を始める病院が増えたことは一つの進歩ですが、海外の先進国では栄養士が病棟に常時いるのが普通です。患者さんが入院すると、主要病態の診断に加え、栄養診断で栄養不足あるいは過多の評価とその原因となる食生活上の問題点を拾い上げ、主病気の治療とともに体組成調整の食事療法も一緒に行っていくこと、それも栄養指標の結果を参考に個々に合った食事箋を作成しその指導を行うことで、長期的な予後の改善が図られるはずです。
◆従来の病院食ではオーダーメードになっていない?
白井 これまでの病棟栄養の基準は、よく「食品栄養学」と言われています。確かに、食品の成分で構成しますが、調理の仕方、さらに口に入ってもその人の消化力、腸内細菌の差などで食事の効果は異なります。結局、いったん出した食事の結果により食事箋を見直し、また結果をみるという作業を繰り返してこそ、初めて「人間栄養学」になると思われます。そのためには栄養診断を常に行う人が病棟に必要です。こうして個々に合った食事を確立することが理想です。毎日体内に入れる食事は一番大事ですから。
◆学会ではどのような活動を?
白井 「人間栄養学」の観点から、管理栄養士が常時病棟にいて即座に患者さんの評価ができ、「医療・看護・栄養」の3診断が一体となった体制づくりが理想です。千葉大学、東邦大学佐倉病院など約10施設を中心に取り組みを始めました。2016年4月には「医師・看護師・栄養士のチーム連携による栄養療法の第1回研修会」を行いました。具体的には、患者さんのその日の栄養状態に関する栄養診断を総合的に行い、それをカルテに書き、新たな提言をする。それを医療チームが十分考慮し、実施していくことで、医師と栄養士が共に真の栄養療法を作り上げていく体制づくりを今後も続けていこうと考えています。
◆学会の設立経緯は?
白井 今から34年前、「病気治療の根幹に臨床栄養学を置き、その上で薬物治療、手術療法の効果を十分に発揮できる体制づくり」という意図で設立され、当初から医師の栄養教育、研究推進が目的です。現在の会員数は1250人で、45%が医師、55%が栄養士です。まず医師に栄養学の大切さや面白さを感じてもらうため、栄養士さんの協力を得て、互いに現場で栄養学を作り上げていく姿勢を貫きたいと思います。
病棟における臨床栄養士活動の推進
◆病棟臨床栄養学の広がりが期待されますね。
白井 それが夢ですが、問題点がいくつかあります。臨床栄養学は薬剤の効果と違って一定のデータを得ることが難しく、論文などをまとめにくいこと。従って、業績になりにくい欠点があります。また、最近、入院も短期となり、じっくり栄養療法の効果を病棟でみる機会が得にくいこと。従って、自らのデータを得にくく、結局、従来の食品成分に重きを置き、いわゆる基準に基づく食事箋の一方的押し付けを許してきた土壌があります。確かに理念は良いのですが、栄養士に病棟へ常駐してもらうには資金が必要です。まだ人間栄養学を行った場合の効果に関するデータも乏しいため、なかなか行政的な働き掛けもできない状況です。従って、今はボランティア的に活動している施設で何とかデータ取りをし、栄養療法や病棟栄養士の重要性を説明できる資料作りから始め、将来的には「病棟常駐の管理栄養士」が定着できることを目指しています。
◆今後の学会の展望をお聞かせください。
白井 栄養療法は多方面に活動の場がありますが、まず病棟で臨床栄養活動を行うことにより、医師に栄養学の有用性に目覚めてもらうこと、次いで、病棟管理栄養士さんの育成、さらに病棟を患者さんへの栄養教育実践の場にすること。このようにして患者さんは学んだことを家庭で実践していただけたら、家族全体の栄養教育にもなり病気の再発防止や予防につながります。医療費が上がっていく中で、栄養療法の重要性を再認識し、本来の医療の在り方を模索したいものです。それには、やたら認定書を出すのでなく、まずは栄養士さんが毎日直接患者さんに接し、自分の目で見て、肌で感じ、患者さんのフォローアップに一緒に関わるという「臨床栄養学体験」が行える環境作りが本学会の使命と考えています。今、病棟管理栄養士活動の推進事業を立ち上げたばかりですが、今後いろいろな大学病院や一般病院に呼び掛け、理想的モデルを構築し、増やしていきたいと考えています。
LEAVE A REPLY