虚妄の巨城 武田薬品工業の品行
ウェバー体制下「業界首位転落の」悪夢
国内製薬大手4社の2016年3月期決算が昨年10月30日、出そろった。そこで一見して明らかなのは、武田の凋落ぶりである。
確かに売上高では9040億4900万円と業界一を保持したが、4社では唯一の増収減益。営業利益1104億4900万円と前記より5・4%マイナスで、業界2位のアステラスの1326億3700万円(前期比28・5%プラス)に差を付けられた。559億8700万円の純利益に至っては前年比11・3%のマイナスで、業界3位の第一三共の694億2600万円にも劣るという体たらくだ。
早くも、そのうち業界最大手の座から転落するのでは、という観測もちらほら見受けられるようになったが、15年3月期連結決算の最終損益が1457億円の赤字であった事実を考えれば、必ずしも否定的評価にならないという見方もあるだろう。
それでも、うなるほどの純利益を上げていたかつての武田の栄光期を顧みるなら、誰しも今昔の感に堪えなくなるに違いあるまい。同時に、トップの力量が問われても仕方がないはずだ。すなわち、会長の長谷川閑史が14年9月、「グローバル経営」と称して強行した「サプライズ人事」により、社長兼最高執行責任者(COO)となったフランス人のクリストフ・ウェバーのことだ。
翌年には最高経営責任者(CEO)になるウェバーが着任してはや2年近くになるが、もはや助走期間はとうに過ぎた今、ウェバーを評価する声はあまり聞かれない。それでは当然ながら、外資やその子会社でもないのに、いきなりトップに外国人を据えた長谷川の判断も問われるだろう。
年俸5億円にふさわしい実績か
ウェバーの判断材料となるのは前述の16年3月期決算だが、それは言うまでもなく、特許切れした有力商品をカバーする新薬群が乏しいがゆえの、国内事業の減収から抜け出せないジリ貧状態の結果だ。
好材料として挙げられるのは、潰瘍性大腸炎・クローン病治療剤の「エンティビオ」ぐらいか。こちらは、発売当初の売上が200億円超となり、欧米と新興国で売れ筋となっているが、それとて時期的にウェバーの就任とは無関係の業績にすぎない。
そもそも今日まで、破格の年収5億円という社長にふさわしい実績は何があるのか。いったい武田の「グローバル経営」とやらに、どのようなグランドストラテジーを構築してみせたのか。どうひいき目に見ても、その問いに胸を張って回答できる内容は乏しすぎる。
それとも、「クリストフのような人材は、(注=CEO就任のような)そういうところまできちんと手を打っておかないと来てくれません。それについてどうこう言う人は、世の中の現実が分かっていないのだと思います」(『日経ビジネスオンライン』14年3月2日付「強面の武田薬品会長が初めて漏らした本音 なぜ長谷川氏は『外国人経営』を決断したのか」)と、自分で独走した人事に自信満々だった長谷川は、「まだ、評価の時期は早い」とでも強弁するのだろうか。あるいは現在に至っても、ウェバーの業績に懐疑的な向きは、「世の中の現実が分かっていない」のだろうか。
確かに、ウェバーはCOOに就任以降、無為に時間を過ごしたのではないだろう。例えば、武田は15年4月、京都大学iPS細胞研究所(CiRA))と心不全や糖尿病、神経疾患などにおけるiPS細胞技術の臨床応用に向けた共同研究の実施に関して、契約を締結している。
共同研究を行うのは、地元で建設の際に騒動となった武田の湘南研究所(神奈川県藤沢市)だが、これまでの武田の新薬開発と同様、経営の柱となるような新薬が誕生する可能性は全くの未知数だ。無論このことは、やはりiPS細胞の研究に乗り出しているアステラスや、大日本住友製薬にしても同じことだろうが。
さらに、ウェバーがCEOになって最も注目されたのは、昨年11月末、特許が切れた医薬品(ジェネリック医薬品)の販売事業を本体から切り離し、ジェネリック世界最大手のテバ・ファーマスーティカル・インダストリーズ(イスラエル)と、国内に連結対象から外された合弁会社を設立(16年4月予定)すると発表したことだろう。これが凶と出るか吉と出るか予測困難な面もある。
武田はその結果、高血圧症治療薬「ブロプレス」や消化性潰瘍薬「タケプロン」といった、特許が切れて5年以上たっても売れ続けているブランド薬をはじめ30品目の販売を、本体から新合弁会社に移す。ところが武田の国内売上高の45%は、こうしたジェネリック医薬品が稼ぎ出しているのだ。
中には糖尿病薬「アクトス」のように、新合弁会社には移さないジェネリック医薬品もあるが、武田自身は予想される減収について、「17年3月期で500億円程度」と見通している。だが、本当にその程度で済むのか。異例ともいえる貴重なブランド薬を手放すことについて武田側は、「新薬の研究開発と販売に集中するため」と説明するが、かつてのプロプレスやアクトスのような経営の柱となる新薬を売り出せなかったら、武田の「業界首位転落」という悪夢は、一挙に現実味を帯びる。そうなった暁には、ウェバーの去就が注目されざるを得まい。
長谷川「最大級の悪行」に
国内で新薬開発に次々に失敗し、苦し紛れに片っ端から海外企業の買収に手を染めたものの、国際的なマネジメントが破綻したため、外国人トップを誕生させたという事情は、理解できなくもない。だが、良くも悪くも、日本で外国人社長が成功したという例がまれなのは事実だ。
ソニーの社長として一時は8億円以上の年収を懐に入れながら米国に住み、8年連続営業赤字を垂れ流したハワード・ストリンガーは論外としても、「子供が私の顔を忘れる」と仕事を投げ出して英国に帰った日本板硝子のスチュアート・チェンバース、もはや無策が露呈してクビが間近とされるマクドナルドのサラ・カサノバ等々、日産のカルロス・ゴーンら極少数を除き、「外国人トップ」は累々たる失敗例の山だ。
このまままだと、ウェバーもその例に加わることになりかねない。同時にその時は、武田をダメにした長谷川の数々の所業の中でも、最大級の悪行が確定する日ともなろう。
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