見通し甘かった白斑症状の被害拡大 「2度目の倒産」になりかねず
いまや、被害者の数はとどまるところを知らない。カネボウ化粧品の「美白化粧品」による白斑症状被害者数だ。同社は8月9日、「8月4日時点で白斑症状を訴える人が1万人に達した」と発表した。7月19日に6800人だった被害者数が、31日には8600人、8月にはさらに1400人増えて、ざっと1万人なのである。まるでカネミ油症事件をほうふつさせるかのようだ。
しかも、被害者数はまだまだ増えそうなのである。なにしろ、カネボウ化粧品が発表した8月11日時点での美白化粧品の回収対象は27万5391人に上り、そのうち開封して使用していたものが22万3074梱(個)もある。被害者が20万人に達したとしてもおかしくないのだ。だいいち、カネボウ化粧品は回収すべき美白化粧品数は45万個と推定していたが、実際には8月11日時点でそれを上回る55万1000個に達している。同社は「想像以上に買い置きがあったようだ」と語ったが、当初から見通しが甘かったといわざるを得ない。
そもそもカネボウ化粧品が発表した被害者1万人とは、単なる被害者本人からの相談、届出だけではない。同社が社員を総動員して連絡のあった被害者宅を訪問して直接、症状の確認を行った7830人を含めた人数である。この7830人のうち「3箇所以上の白斑」「5㎝以上の白斑」「顔に明らかな白斑」の3症状のどれかに該当する被害者は2980人にも上る。それ以外に回復ないしは回復傾向の被害者が1622人もいる。そもそも被害に該当しなかったという人はわずかに564人だったというから、美白化粧品を愛用した人のほとんどに白斑症状が出ている勘定になる。 テレビで白斑症状が流されているが、顔や首、腕などにあんな白斑症状が出ていては肌をさらす機会が多い夏は街中を歩けないだろう。
真剣に検討しなかった皮膚科医の警告
白斑症状が出現したのは、美白成分の「ロドデノール」を配合した薬用化粧品8ブランド54商品だが、別の化粧品と組み合わせたセット商品を加えると71品目にも及ぶ。化粧品は女性心をくすぐるためにも、さまざまなブランド名で販売されているが、カネボウ化粧品も例に漏れず、「カネボウ」ブランドだけでなく、「リサージ」や「エキップ」といった関連会社のブランドで同一の成分を含む商品を世に送り出している。一般に美白効果のある成分にはビタミンC誘導体やカモミラET、ルシノールなどが知られているが、カネボウ化粧品が独自に開発したロドデノールはそれら以上に効果がある成分とされたようだ。
そもそも肌のシミ、くすみの原因である色素沈着は、色素細胞のメラノサイトで、アミノ酸の一種、チロシンがチロシナーゼと呼ぶ酵素と結合してメラニンを作り出し、細胞に蓄積されることによって起こる。カネボウ化粧品によれば、白樺に含まれるロドデノールはチロシナーゼの活性を拮抗阻害する作用を持つことからメラミンの生成を抑え、美白を維持する効果があるという。この効果を基に2008年、厚生労働省から新規医薬部外品成分の承認を得、薬用化粧品として販売を開始し、カネボウ化粧品を代表する化粧品に育った。
だが、皮膚科医は白斑症状が、メラノサイトの消失で起こる普通の尋常白斑とは違い、化粧品によるものと即座に気付いたようだ。この皮膚科医たちからの通告で美白化粧品による白斑症状事件が表面化した。もちろん、まだロドデノールと白斑症状との因果関係は不明だ。日本皮膚科学会は特別委員会をつくり、ロドデノールと白斑症状の関連性解明に向けて動きだしたが、ロドデノール配合の美白化粧品にのみ白斑症状が現われていることから、ロドデノールが引き起こしていると見るしかない。
それはともかく、白斑症状が表面化するまで被害は拡大していたのである。多くの愛用者が美白化粧品によるものと気付かず、過敏性なのか、体調不良によるものなのか悩みながら使用していたのだから罪は重い。その最大の問題は、カネボウ化粧品自体が美白化粧品で白斑症状の被害が出たと認識せず、個人的な過敏症状、アレルギー症状と片付けていたことにある。結果、自主回収が遅れ、被害者数を拡大させたのである。
ある事情通は「昨年10月ごろ、『皮膚科医から白斑症状の患者がいる。試しに美白化粧品のパッチテストをしたら、患者2人とも陽性反応を示した』と研究員に連絡があった。だが、研究員は医師に確認するのに手間取った上、個人的なアレルギー症状ではないかと疑い、本社に連絡しなかった」と説明する。ようやく気付いたのは今年5月。別の皮膚科医からの連絡があってからだ。だが、それでも半信半疑だったらしい。ようやく事態の重大さに気付いて動いたのは7月である。美白化粧品の使用中止の呼び掛けと自主回収を発表したが、昨年秋の皮膚科医からの連絡をに受け止めていたら被害はこれほど拡大しなかっただろう。消費者庁や厚生労働省から勧告される前に自主回収に踏み切ったと弁解しても、対応の遅れは事実だし、批判されるのも当然だ。
〝虚業〟ゆえの問題意識の欠如
なぜ、これほど対応が遅れたのか。これは化粧品業界全体が同じなのだが、カネボウ化粧品も業界の慣習にどっぷり漬かっていたからである。化粧品の販売は、かつては街の化粧品店とデパートだった。だが、街の化粧品店はほとんど姿を消し、今ではドラッグストアとデパートである。どちらも化粧品会社が美容部員を派遣している。本社にも苦情を受け付ける相談部門を用意している。表面的には何か問題があれば、どんな業種よりも早くトップが問題を把握できる体制なのである。大手のカネボウ化粧品も数多くの美容部員を抱えている。ところが、化粧部員も相談窓口も問題意識を持っていない。一般に女性の肌は敏感で、成分が少々違うだけでぶつぶつができたり荒れたりする。その類いの苦情、クレームが多いため美容部員も相談窓口もクレームには慣れていて、丁寧に言い分を聞いた上で、別の商品を勧めるのが通例だ。さらに化粧品会社もたびたび成分を多少変更し、より高級感のある容器に切り替えて値段を上げる商売に徹している。美容部員もクレームを本社に上げて善処しようなどとは考えない。皮膚科医に診察してもらう前にカネボウ化粧品に化粧品によるものではないかと苦情を申し立てた被害者もいる。だが、全て過敏症状やアレルギーくらいに片付けてしまっていた。
化粧品市場は中高生が化粧するようになったといっても、成熟市場である。ところが、新規参入が絶えない。通販会社やネット販売会社だけでなく、大手企業でさえ参入する。その理由は利幅が大きいことと簡単に参入できることだ。厚労省の許可を受けた化粧品工場に委託すれば希望の化粧品を作ってくれるから、ラベルと容器を用意すれば参入できる商売なのである。それでいて値段が高いほど売れるという神話があるほどで利幅は大きい。化粧品の原価は中身より容器代の方が数倍も高いというのは化粧品業界の常識だ。その昔、地婦連が「化粧水やクリームなど、原価100円程度の化粧品が3000円、4000円もするのはおかしい」と問題にし、自ら大手化粧品会社と同じ成分を含む化粧品「ちふれ」という名の100円化粧品を販売したことがある。しかし、100円化粧品はたいして売れなかった。高い化粧品の方が美しくなるだろうという女性心理が働いたためだ。有り体に言えば、化粧品は虚業に近い。
ともかく、カネボウ化粧品のロドデノール配合美白化粧品は他社がまねをできない美白効果というキャッチフレーズで売り上げを伸ばした。かつて親会社の花王が「エコナ」名の肥満を抑える食料油を売り出してブームを巻き起こしたのと同様である。が、新成分への傾斜が安全性確認より勝っていた上、消費者に直結する部門に問題意識を持たなかった体質が問題を大きくしたといえる。
海外被害者続出し見通せない補償金額
それにしても、カネボウ化粧品はどうしてこんなことになってしまったのか。名門繊維メーカーだったカネボウ(旧鐘紡)は47歳で社長に抜擢された伊藤淳二氏が「ペンタゴン経営」を標榜し、繊維の他に化粧品、食品、医薬品、日用雑貨品に力を入れた。そのペンタゴン経営の優等生がカネボウ化粧品だ。が、カネボウは放漫経営で実質的な倒産に陥り、産業再生機構に送られ、花王が買収した。花王は基礎化粧品にこそ進出したが、食器洗剤や洗濯洗剤のイメージが強過ぎることから是が非でもカネボウ化粧品を欲しがった。
花王の澤田道隆社長は「カネボウ化粧品の美白化粧品自主回収で、13年12月期の売り上げは100億円の減少になる。さらに買い控えで年間100億円の減少を見込む」と発表した。むろん、これだけでは済まない。慰謝料などの補償金はまだ計上していない。さらに、カネボウ化粧品は海外でも販売している。台湾、香港、韓国、タイ、シンガポール、インドネシア、フィリピンなどアジア10カ国に上る。すでに台湾では200人を超える人が症状を訴えているという。中国では美白化粧品を販売していないが、ネットで購入しているかもしれない。こうした海外での美白症状被害者への治療費や補償も積み重なるのである。1兆3000億円を売り上げる親会社の花王への打撃は限られるだろうが、一度実質倒産したカネボウ化粧品は2度目の「倒産」になりかねない。
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