日本水産の子会社故の社員の甘えが 企業体質の「弱点」に
大手水産会社、日本水産の子会社「日水製薬」は昨年12月、香港に本社を置く「北京同仁堂国薬有限公司(北京同仁堂)」との間で日本国内に合弁会社を設立すると発表した。合弁会社は一般消費者向けに中国伝統医学(中医学)に基づく生薬製剤や中国式整体を提供する計画で、今年中に旗艦店舗をつくるという。北京同仁堂の親会社である中国北京同仁堂(中国同仁堂)は、中国・清の時代の1669年に設立され、歴代の中国皇帝に仕えた「宮廷専属薬房」だそうで、日水製薬は医薬事業の主力である一般用医薬品(OTC薬)の「日水清心丸」や「日水補腎片」などを輸入している。そんな関係から北京同仁堂との合弁会社で、中医学を活用した「統合医療」を推進することになったと説明する。日水製薬では「人々の健康と幸せを実現する企業を目指す」という経営理念の実現に向けた事業だと強調するが、14年3月期の決算は第3四半期までの累積業績が計画を下回っているだけに、何やら妙な事業に乗り出したような気がしないでもない。
本来とは異なる統合医療を推進
統合医療がいいかげんなものというつもりではない。統合医療は手術を中心とした西洋医学と漢方や民間伝承治療を組み合わせようというもので、手術前、あるいは手術後に東洋医学の医療を加えるとより効果的になると主張する医師や大学の名誉教授も多く、統合医療学会もつくられている。かつて鳩山由紀夫首相(当時)が突然、「統合医療を進めたい」と語ったことで、「統合医療って何?」と一般に知られたという経緯がある。自ら〝宇宙人〟という鳩山氏が真面目そうな顔で語っただけに、日水製薬が「統合医療の推進を図る」という話になんとなく不安になってしまう。
日水製薬は日本水産が54%ほどの株式を保有する連結子会社だが、東証一部に上場するれっきとした上場企業だ。1935年に水産資源の有効活用と水産加工品の製法研究を目的に神奈川県小田原市に日産水産研究所の社名で設立されたのがスタートだ。37年に鯨の肝臓から増血栄養剤、動物の胆汁から胃腸薬を製造販売し事業が始まる。戦後、東京に本社を移し、52年に寒天培地の製造販売に乗り出し診断薬分野に進出。さらに55年に巴薬品の事業を継承してOTC薬をチェーン化した薬局・薬店に直販するメーカーになり、90年に東証二部に上場。2006年には一部市場に昇格した。
同社の売り上げは131億8900万円(13年3月期)と小ぶりだが、臨床診断薬では国内で上位に入る。事業はその臨床診断薬をメインに産業検査薬、医薬品、化粧品の4分野だが、それぞれが特長を持っている。中でも臨床診断薬事業は細菌感染症の診断に不可欠な同定・感受性自動検査システム「ライサスエニー」、ベッド脇で検査できる簡易迅速診断システム「エバネットEV20」を開発し、感染症検査分野では国内トップだ。
産業検査薬では、食品分析法や微生物検出・固定法の検証機関である米AOACの認証を取得したコンパクトドライ4品目を持つ他に、食中毒の毒素を自動検出するシステムを開発している。同時に同社はインターネットやメールマガジンでサポートする会員制の「コスモ会」をつくり、食品産業の囲い込みを図っているのが特徴的だ。
医薬品はOTC薬だが、ここでも「健康未来創造研究会」という名前のチェーン組織をつくり、加盟する薬局・薬店に卸して一般販売している。既に大正製薬の大正チェーンやエスエス製薬のエスエスチェーンがさほど機能しなくなった時代なのに、チェーン組織にこだわるのは、大量販売よりも競争が激化している健康食品やOTC薬で独自色を出すためらしい。
化粧品事業は吸収合併した「リスブラン」ブランドだが、さほどの知名度はない。同社の事業の中心はやはり、臨床検査薬分野だ。総売り上げの半分近くに迫る。かつて生の牛を使ったユッケ集団食中毒事件の折には同社の検査薬、検査システムの注文が急増したが、昨今もノロウイルスによる集団食中毒、インフルエンザやN1H1型ウイルスの流行で検査薬も引き合いが増加している。
ところが、検査薬市場はそうそう安定して伸びる事業ではない。同社も気付いているようで、OTC薬を中心にした医薬関連事業に力を入れている。特に日水清心丸や「コンクレバン」のような長期服用を前提とした滋養強壮剤はとかく即効性を求める消費者から敬遠されがちで、苦戦している。この状況を打破しようと取り組んでいるのが、統合医療の提唱のようだ。11年6月に東京・御徒町の本社ビルにビューティ&薬局&薬膳カフェ「健康創造館」なる複合店舗をオープンした。化粧品を中心とするビューティと薬局と薬膳カフェを合わせた店舗とは随分欲張った店だが、これこそ同社が提唱する統合医療を具現したモデル店だという。西洋医学と東洋医学・民間伝承の治療をかみ合わせるという本来の統合医療とは、少々、違うような気がしないでもないが、ともかく、検査薬だけに頼らない経営を求めて、OTC薬の強化、リスブラン・ブランドの化粧品を育てようとする同社経営陣の危機感の表れだ。
健康創造館をつくった理由には、全国1430店の薬局・薬店を組織化した健康未来創造研究会のチェーン店に滋養強壮系のOTC薬や健康食品の状況を実感してもらい、健康創造館的な店舗へ業態刷新を促したいという気持ちがあるようだ。
当てが外れたエパデールの売り上げ
さらに、最も同社を慌てさせたのが高脂血症治療剤「エパデール」のスイッチOTC(医療用医薬品を一般用医薬品に転換したもの)化問題だ。エパデールOTCの販売に名乗りを挙げたのは大正製薬と日水製薬の2社だ。大正製薬は持田製薬から供給を受けて販売し、日水製薬は親会社の日本水産がエパデールの原料である高純度EPA(イコサペント酸)を持田製薬に供給している関係からエパデールの供給を受けることで販売を計画していた。
スイッチOTC薬では消炎鎮痛剤の「ロキソニンS」がドラッグストアや薬局でバカ売れした。エパデールは成人病の治療薬だけに好調な売れ行きが持続すると見られていたし、何よりも販売が日水製薬と大正製薬に限られることで独占的な販売が期待できるはずだった。ところが、周知のように、エパデールは厚生労働省が診療側の反対を押し切って多数決でスイッチ化を決めたことに日本医師会が猛反発。販売時に医療機関の受診データの提示、販売店薬剤師に購入者の薬歴申告や記録を義務付けた。加えて販売も遅れた。結果、日水製薬はエパデールOTCを医薬品分野の売り上げ増の切り札と考えていたのに、思ったほどの売り上げが望めなくなってしまった。
中期経営計画にともる「黄色信号」
日水製薬は4年前に14年度に売り上げ200億円を目指すという「中期経営5カ年計画」を発表した。中期計画ではリスブランの吸収合併による化粧品事業への本格進出と海外展開、体外診断用医薬品事業の買収、OTC検査薬への参入、環境衛生ビジネスの開始など、考えられそうな施策がこれでもかというくらい盛り込まれた。だが、現状は計画通りには行っていないようだ。エパデールが厳しい条件付きの販売になったことで狂いが生じたこともあり、中期計画達成に黄色信号がともっている。具体的に挙げれば、この1月末に発表された14年3月期の第3四半期決算の売り上げは96億8300万円で対前年同期比約3%減、営業利益も20億1900万円と約5%減で、中間決算に引き続いて売り上げ、営業利益とも対前年比で減少なのである。通期の業績予想は売り上げ141億円、営業利益31億円という目標を崩していないが、このままでは目標達成が危うくなる。
こうした状況を日水製薬の体質の弱みと指摘する人もいる。
「優秀な検査薬を持つ会社だが、社員は『わが社は日本水産の子会社だ』という意識が強過ぎる。営業先でも『日本水産の子会社で……』という言葉から始まる人が多い。社員の意識が大手水産会社に甘えている。昨今の水産業は捕る漁業から販売する商社的になっているし、第一、日本水産は東日本大震災で女川の加工工場が被災した。本当はこういうときこそ、日水製薬は子会社として親会社を支えるくらいの気概が必要なはず」(あるOTC薬メーカー幹部)
大日本住友製薬や田辺三菱製薬のように親会社の傘下ではなく、上場子会社のままでいることが問題だというのだ。日本水産は過半数の株式を握っていても、別個の上場会社である以上、経営にくちばしを入れにくいからだ。
北京同仁堂との合弁事業はこうした日水製薬の状況が背景にあるようだ。しかし、漢方薬に効果があることを認める人は多いが、なぜ効果があるのか、エビデンス(科学的根拠)がない。体質が徐々に変わることで効果があるとされているだけではっきりしない。まして統合医療といわれても、世間一般にどれだけなじみがあるだろうか。日水製薬は中医学を応用した統合医療こそ「人々の健康と幸せを実現する」と声高にうたうが、「中期計画を実現する手立てになるかどうか疑問」と口にする製薬会社幹部も多い。統合医療への傾斜は日水製薬独自の視点だが、統合医療が同社を支えるような柱になるかどうか疑問符が付いている。
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