「わかもと」ブランドに頼り過ぎる 「万年100億円企業」
わかもと製薬は5月、2014年3月期決算で売上高103億円、純利益8億4400万円を確保したと発表した。11年3月期に赤字に転落して以来無配続きだった配当も1株3円を復配した。
11年4月に社長に就任した神谷信行氏が「5カ年中期経営計画」を掲げ、「一にも二にも赤字脱却」と言い続けてきたが、2年続いての黒字確保で念願がどうにかクリアできたことになる。決算発表と同時に中期経営計画の見直しを行い、最終年度の16年度の売り上げ目標を113億円に改定した「新3カ年中期経営計画」も発表した。改定は同社の主力医薬品である眼科手術補助剤・硝子体内注用副腎皮質ホルモン剤「マキュエイド硝子体内注用40㎎」の適用拡大の開発が加速したこと、緑内障治療薬の開発に着手することなど事業環境に変化があったことを踏まえて新たなアクションプランを策定したと説明する。この新中期計画終了後の翌17年度には新薬の上市が加わり、売り上げは121億円に達し、営業利益は9億円、経常利益も9億8000万円に拡大すると予想している。果たして、売り上げが長年100億円前後に低迷していた状態から脱することができるだろうか。
社長交代しても変わらない長年の慣習
同社の胃腸薬「わかもと」の名前は広く知られている。「正露丸」や「ビオフェルミン」と並び、昔から有名な胃腸薬だ。年配の人ならビール酵母製剤だという人もいるだろう。1929年に東京・芝公園に設立された前身の合資会社「栄養と育児の会」が売り出したのが最初、という老舗だ。戦前も株式市場に上場していたが、戦後の49年に東京証券取引所が再開されるやすぐに上場したというくらい、株式市場でも老舗である。だが、売り上げ規模は上場製薬企業の中でベンチャーを除いて最小規模といわれる小粒だ。いや、気の利いたベンチャー企業並みといっていいかもしれない。
なにしろ、82年に売り上げが100億円に達して以来、ほとんど伸びていないのである。同社の事業はわかもとに代表される一般用医薬品と医薬部外品の薬粧事業に加え、眼科向けの医療用医薬品事業、医薬品原料販売、受託製造の特販事業、さらにわずかだが、不動産賃貸事業まで幅広く手掛けている。だが、「わかもと」ブランドが有名過ぎるせいか、それともブランドに頼り過ぎるせいか、いつまでたっても「売り上げ100億円企業」だった。
売り上げのピークは96年度の107億8600万円で、底は2011年度の94億1200万円。証券アナリストの間でも「30年間にわたって売り上げが100億円前後を続ける稀有な製薬メーカー」といわれているほどだ。同社が売り上げ低迷を続けた30年間に医薬品市場は急拡大を遂げている。具体的に言えば、同社の売り上げが100億円に達した82年の医薬品の総生産額は医療用医薬品が約3兆4000億円、一般用医薬品が約5700億円で合計約3兆9800億円だった。30年後の2012年は医療用が6兆2630億円、一般用が6890億円で合計6兆9767億円に上り、2倍近くに拡大している。それだけに売り上げが変わらない同社の沈滞ぶりだけが目立つ。
同社の主力品は一般用医薬品で、最も競争が激しい胃腸薬という事情はある。それでも同じ胃腸薬のビオフェルミンは同じ82年から12年までの30年間に35億円から103億円と売り上げを約3倍に伸ばしている。アナリストの目に、30年間にわたって売り上げが変わらない同社はのんびりして努力しない製薬メーカーだと映っても仕方がない。
事実、就職活動中の学生のどういう会社かという問いに先輩社員は「MR(医薬情報担当者)は出掛けたら、そのまま直帰しても問題にならないのんびりした会社」「社内でミスして叱られても問題視されることはないし、残業もほとんどしなくて良い会社」「厚生施設が充実していて有給休暇を取りやすいし、産休、出産後の復職もしやすく女性が働きやすい会社」と答えている。残業廃止や女性の進出・活躍を唱える安倍晋三首相が喜びそうな会社なのである。30年間も低迷していたのも道理である。
そんな状態から脱却すべく3年前に社長に就任したのが神谷氏だ。興和新薬(現興和)に入社し常務に昇進した人で、わかもと製薬立て直しのために招いた人物だ。社長就任後、2年間にわたり赤字だったことから「とにかく赤字脱出」を目標に経費節減、新薬開発、営業強化などハッパを掛けてきた。
だが、長年の慣習や習性はそうそう簡単に変わるものではなかったようで、沈滞した業績が続いた。具体的に沈滞ぶりを挙げれば、一般用医薬品と医薬部外品部門で構成される薬粧事業には「わかもと整腸薬」あるいは、昔の「ゼオラ歯磨」、薬用歯磨「コーラル」の流れを受け継ぐ薬用歯磨「アバンビーズ」があるが、なんといっても看板商品は「強力わかもと」である。が、胃腸薬も歯磨も最も競争が激しく、12年度の薬粧事業の売り上げは18億2700万円で、10年前の02年度の売り上げ59億円と比べると31・0%も落ち込んでいた。今では看板商品を抱える本流であるにもかかわらず、薬粧事業の売り上げ構成比率は18%程度にすぎない。この薬粧事業の成績不振は同社の低迷を象徴していた。
売り上げ計画は「絵に描いた餅」
薬粧事業の落ち込みをカバーするのが医療用事業のはずだった。同社の医療用事業には各種の点眼液と眼科手術補助剤マキュエイド、さらに医家向けサプリメント「オキュバイト」と眼科に特化した製品が並ぶ。眼科領域には大手製薬メーカーこそ少ないが、点眼薬には参天製薬が立ちはだかるし、検査機器はドイツのカールツァイスや米アボットなど外資系企業が強い。わかもと製薬が目立つのは自社開発のマキュエイドくらいしかない。それでも売り上げの60%を占め実質的な柱である。だが、実体は12年度の売り上げが99億2700万円で10年前と比べ、1・9%減だった。原因は薬価引き下げの影響をモロに受けたことだった。
この落ち込みを補い、曲がりなりにも「売り上げ100億円」を支えたのは特販事業である。特販事業とは医薬品原料・中間製品の受託製造や輸出で、特販事業の12年度の売り上げは21億7400万円で10年前の7億円と比べて3倍の成長だった。だが、原料販売や受託生産は付加価値が少なく利幅も薄い。それどころか、4年前に完成した相模大井工場第2点眼剤棟建設の減価償却費が重くのしかかっていた。特販事業の伸びで売り上げは100億円をキープしても利益が上がらず、ここ数年、赤字に落ち込む原因になっていた。
社長就任後、神谷氏は固定費の削減、営業強化を図る5カ年経営計画を進めたが、売り上げは計画を下回り、絵に描いた餅のようだった。発表翌年の12年に早くも修正を加えたほどだ。それでも少しずつ効果が現れ、13年3月期に続き、14年3月期決算でも黒字を確保し、赤字から脱却できたのが経営計画推進の成果といえるだろう。
もちろん、赤字から脱却といっても驚くほどの成長があったわけでもなければ変化があったわけでもない。例えば、医療用事業ではマキュエイドやオキュバイトの売り上げが増加したものの、点眼薬は薬価引き下げで売り上げ減に見舞われ、結局、前年比0・6%減の58億8000万円に沈んだ。薬粧事業では強力わかもとの売れ行きが伸び、対前年比9・9%増の20億円を回復。特販事業も11・4%増を確保した。しかし、こうした変化も医療用事業の落ち込みがほぼ止まったことや、薬粧事業の売り上げ増が赤字を脱却させただけにすぎない。
だが、これで事足りるわけではない。売り上げが103億円では30年前と変わらない「100億円企業」にすぎない。売り上げ増を図るには現在の商品だけでは足りない。新薬の開発なり、新商品の開拓が必要になる。ビール酵母から始まった会社だけに酵母、麹菌、乳酸菌は得意なはずだ。バイオの時代を迎えている今こそ、バイオを得意とする同社が活躍する場である。
期待できるパイプラインが見当たらない
同社のパイプラインをのぞいてみると、大きな期待を持てそうなものは見当たらない。ざっと挙げれば、マキュエイドの糖尿病性黄斑浮腫やぶどう膜炎などへの適用拡大と、導入品の内境界膜染色治療剤「WP‐1108」が臨床試験中であり、16年中に承認、上市を予定している。やはり導入品の緑内障治療剤の「WP‐1303」はまだ臨床前の段階にすぎない。規模の小さい製薬メーカーだからいくつものパイプラインを持つことは難しいし、赤字が続いたため巨額の資金を投下することもできなかったのはやむを得ない。しかし、赤字だった時期も研究開発費を削らなかった経営姿勢は立派だった。
今、同社が期待しているのは、16年に予定しているマキュエイドの適用拡大、WP‐1108の上市である。経営計画にはその成果が見込める17年度の参考売り上げ予想を121億円、営業利益9億円と記しているが、「売り上げ100億円企業」を脱することができるかどうかという状態にすぎない。成長を続けるためには、今回の黒字を機に、次の眼科領域の新薬のパイプラインの増加や、一般用医薬品や医薬部外品でヒット商品を生み出す必要がある。さもなければ、「売り上げ100億円企業」から脱皮できないだろう。
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