
昨年の衆議院選挙で大敗した石破茂内閣は、少数与党となり、厳しい政権運営を余儀無くされている。初の予算審議でも、国民民主党から「103万円の壁の引き上げ」、立憲民主党からは「学校給食の無償化」、日本維新の会からは「高校授業料無償化」とそれぞれ要求を突き付けられ、予算の修正は避けられない状況だ。社会保障費の将来像についても、具体的な議論を前に進められるのか不安が残る。こうした状況は、日本の財政や政治にどの様な影響を及ぼすのだろうか。元財務官僚で、事務次官や日銀副総裁等を務めた大和総研名誉理事の武藤敏郎氏に政治の在り方や政治家と官僚の関係等について話を聞いた。
——大学時代は弁護士を志していたと伺いました。
武藤 東京大学文科一類に進学し、法学部に進みました。在学中に司法試験に合格して弁護士になるつもりでいたのですが、周囲の友人達は国家公務員試験も受験する予定だと聞き、私も司法試験と並行して挑戦する事にしました。夏に筆記試験に合格すると、直ぐに各省の面接が始まりましたが、新聞等の報道を通じて、日本の中枢で国家の運営を担っているのは大蔵省(現・財務省)であると感じ、門を叩きました。その後、司法試験にも無事合格した為、進路には悩みましたが、公益の為に働きたいという気持ちが勝り、官僚の道を選びました。
——財務省時代で印象に残る仕事は何ですか。
武藤 財務省では、長く予算編成に関わり、マクロ経済の視点と個別課題の両面を考慮しながら、全体のバランスを整える事に腐心しました。しかし、予算は単に案を作るだけではなく、内閣の承認を経て、国会で議決されなければ執行出来ません。こうした複雑な民主主義のプロセスを経験出来た事は、私にとって非常に貴重な学びとなりました。
——個別にはどの様な分野を担当したのですか。
武藤 1980年代の中曽根康弘政権時代に、公共事業予算を担当した際は、米国から「貿易黒字を減らす為に国内消費を増やせ」としきりに言われました。そこで景気を刺激する為に公共事業を増やして行くのですが、予算には限りが有る為、政治家と様々な議論を交わしながら合意を形成する必要が有る。そうして政治と濃密な関わりを持った事が、その後、主計局長や事務次官になった時に生きました。
——超少子高齢時代の社会保障の在り方についてどの様に考えますか。
武藤 社会保障の中でも、医療と介護が今後の課題です。医療と介護は対象者が増えれば、予算も増える。単価の抑制には限界が有ります。更に先進医療や医療機器の進化によって、コストは上がって行く。医療保険はあくまでも保険制度です。保険料と自己負担、税金で成り立っていますから、そのバランスが肝心ですし、長期的な視点から制度設計しなければならない。勿論、それは十分承知の上で、現在、関係者が叡智を絞って議論しているので悲観はしていませんが、当面は日本にとって大きな課題で有り続けると思います。
——予防医療への転換を求める声も有りますが。
武藤 日本医学会等からそうした声が上がっていますし、厚生労働省にもそうした意見が有る。予防も重要だというのは共通認識ですが、それが医療費の抑制に繋がるかどうかは、未だ議論が必要だと思います。
——教育の無償化も議論されています。
武藤 幼稚園や高校も無償にすべきだ、更に大学も無償化すべきだという議論が有りますが、必ずしも無償だから良いというものではない。お金を払うからこそ、有難みを感じながら勉強するという事もある。人間には、ただで手に入ったものを無駄に消費してしまうという面も有りますから、受益者負担という考えも必要です。それに高校とは違い、大学の進学率は60%弱です。進学しない人とのバランスも考えなければならない。
誤解も多い政治と官僚の関係
——官僚主導の政治が批判される事も有ります。
武藤 政治家と官僚の関係について、官僚が政策を牛耳り、政治家は官僚の言いなりになっている等と批判され、「官高政低」と呼ばれる事も有ります。しかし、いくら官僚が予算案を作っても、政治家が認めてくれなければ予算は成立しない。最後に予算を通すのは政治家の責任です。その点で、私は「官僚主導」という批判には懐疑的でした。実際、政治家は大きな方針は決めますが、細かな政策迄はいちいち決められない。だから、細部の制度設計や予算策定は官僚が行う。ただ、族議員の意見と政権の方針が異なる場合、首相や大臣の意向を踏まえて、官僚が族議員に説明したり調整したりする事が有る。そうした事が、傍から見れば官僚が議論を主導している様に見えるのかも知れません。小泉純一郎政権の郵政改革以降は首相の権限が強まり、ピラミッド型の意思決定が出来る様になりました。その後、族議員の発言力が弱まり、政治主導が良い方向で進んだと思います。
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