
瀬戸 泰之(せと・やすゆき)1958年秋田県生まれ。84年東京大学医学部医学科卒業。同年東京大学医学部附属病院第1外科。85年関東労災病院外科。92年国立がんセンターがん専門修練医(胃外科)。97年東京大学医学部附属病院第1外科医局長。98年同大学同部消化管外科講師。2000年中通総合病院副院長。03年癌研究会附属病院消化器外科医長。05年癌研有明病院消化器外科副部長。07年同病院上部消化管担当部長。08年東京大学大学院医学系研究科消化管外科学教授。同大学医学部附属病院胃食道外科科長。19年同病院病院長。24年国立がん研究センター中央病院病院長(現職)。
食道がんのロボット手術を世界で初めて成功させた食道外科の第一人者であり、東京大学医学部附属病院病院長を務めた瀬戸泰之氏。2024年からは国立がん研究センター中央病院の病院長として、がん医療の更なる発展に尽力している。就任から約1年、「より良い手術で治す」をモットーに挑戦を重ねて来た外科医の視点を通して、臨床研究中核病院として国内とアジアのがん臨床研究を牽引する同病院の最新の取り組みと、今後のがん医療の展望について話を聞いた。
——外科医を志し、食道外科を専門とされた理由をお聞かせ下さい。
瀬戸 高校の時の担任教師から理系への進学を勧められ、父が外科医だったので自然な成り行きで外科医を志す様になりました。東京大学医学部を卒業後、附属病院の第1外科に入局し、同期の勧めで上部消化管を専門として選択しましたが、当初は食道よりも胃を主に扱っていました。33歳の時には、当時東大病院では行われていなかった胃がんの拡大手術を学ぶ為、1年間この国立がんセンター(当時)に専門修練医として勤務しました。東大に戻った後、父の病院を継ぐつもりで秋田に帰郷しましたが、縁が有り、癌研病院(当時)で食道疾患を担当されていた先生の後任として着任する事になりました。これを機に、食道外科が専門となりました。
——新しい技術が登場し、がんの治療法は大きく発展しました。
瀬戸 私が外科医になった頃はあまり有効な抗がん剤が無く、治療法は手術か放射線治療が中心でした。手術も拡大手術が主流で、胃がんに対しては胃と周りの脾臓、膵臓、結腸迄を切除する左上腹部内臓全摘術が行われる事も有りましたが、今ではほぼ行われなくなりました。そうした手術を行っても、残念ながら再発する人は再発するからです。これを踏まえ、極力機能を残して患者さんのQOLを向上させる方が意義が有るという発想が生まれ、今は拡大手術に代わって内視鏡手術に代表される低侵襲手術の時代になりました。その一環として、ダヴィンチに代表される様なロボット手術が出て来たという流れです。
——2012年に、ダヴィンチによる食道がん手術を世界で初めて成功させました。
瀬戸 食道がんの手術は、患者さんの体への負担が大きく難しい手術です。食道は気管の後ろの背中側に有り、肺や心臓といった大切な臓器で囲まれています。食道にアプローチするには先ず開胸を行い、胸膜を切開します。又、術中麻酔として片側の肺機能を停止させる「片肺換気」によって右肺を縮めさせる必要が有ります。しかし、これにより術後に肺炎の合併症を起こす事が少なくありませんでした。そこで考えたのが、ダヴィンチを用いて横隔膜の食道裂孔から食道にアプローチする方法でした。ダヴィンチの販売元であるインテュイティブサージカル社を説得し、患者さんからの理解を得て、1例目を成功させる事が出来ました。開胸も片肺換気もせずに、リンパ節郭清も含めた食道切除迄が可能な事から、この手術を「NOVEL(Non One-lung Ventilation Esophagectomy with extended Lymphadenectomy)」と名付けました。
——東大病院の院長を4年間務められました。特に注力された点をお聞かせ下さい。
瀬戸 東大病院の病院長の時は丁度コロナ禍と重なり、新型コロナウイルスとの闘いが中心でした。大学病院は通常、病棟が講座別に分かれている為、部門を超えて連携出来る病棟作りからスタートしました。東大病院は移植件数が日本一多い病院で、免疫抑制下で移植を受ける入院患者が沢山います。その他にもがん患者、心不全、呼吸不全といった重症患者、小児、妊婦さんもいる中で、感染者の治療を両立させる難しさが有りました。対外的な活動では、全国医学部長病院長会議の新型コロナウイルス感染症に関わる課題対応委員会の委員長として、全国の大学病院を代表して厚生労働省や文部科学省に対し、補助金を求める陳情を行いました。5類になったのが23年の5月で、国立がん研究センターに赴任したのが昨年の4月ですから、ほぼ収束を見届ける迄任務を全うする事が出来ました。
個別化医療と診断法の開発でがん医療の発展を目指す
——24年に国立がん研究センター中央病院の病院長に就任されました。がん医療をどの様に発展させたいとお考えですか?
瀬戸 当センターとしての役割を考えると、今後必要なのは予防です。創薬や医療機器の開発も大事ですが、本来、がん医学としては予防医学が最初に来るべきであり、続いて早期発見、治療の順となります。
——「プレシジョン・メディスン」を重点課題の1つとして掲げられています。
瀬戸 病院長就任時の所信表明でも述べていますが、標準治療を決めるには、偏りを排除する為にランダム化比較試験(RCT)で複数の群に分けて比較を行います。この時にそれぞれの群の5年生存率の生存曲線を描いて比較しますが、実はこの線は1本に見えても、効果が有った人と無かった人にはばらつきが有るものです。平均すれば標準治療という結果になっても、中には効果が無い人もいます。その場合、以前の治療法で効果が得られる可能性も有ります。只、今の医学ではその判断が出来ません。治療前に効果が有るか否かを見極め、より良い治療を届けるのがプレシジョン・メディスンです。
——診断法の開発が鍵を握っています。
瀬戸 ゲノム解析や血液等のサンプルに含まれるがん細胞のゲノム情報等を解析するリキッドバイオプシーを用いながら、治療の個別化を目指す事になるでしょう。外科医にとっての課題は、切除範囲を小さくする事です。がん細胞だけを光らせるといった技術の開発も進んでいますので、転移を正確に診断出来る様になれば、ロボット手術との組み合わせにより、患者さんの負担を最小限に抑える事が出来る様になると考えています。
——AIの活用も進んでいるのでしょうか。
瀬戸 AI診断支援は、大腸内視鏡では保険診療で認められています。疑わしい病変を検出すると、画像上にマークが表示されるというもので、診断補助として日常的に使用されています。胃がん等も対象になり得ますが、現状は保険収載に至っていません。
医療DX・オンライン治験で医療の均てん化を図る
——東病院との連携での具体的な取り組みは。
瀬戸 千葉県柏市の東病院と、東京都中央区築地の中央病院にはそれぞれに特長が有り、東病院では先端的な医療や医療機器の開発の他に創薬の研究にも力を入れています。今後はそれらと中央病院の治験・臨床研究のノウハウを融合させる事で、様々な臨床研究の取り組みが出来ると考えています。最近では今まで以上に、話し合いや顔合わせの機会を設け、協力体制を築きつつあるところです。
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