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未来の会

後退ばかりを余儀無くされる公的年金制度改革案

後退ばかりを余儀無くされる公的年金制度改革案
通常国会で成立まで漕ぎ着けられるか

5年に1度の見直し時期を迎えている公的年金制度改革の内容が徐々に「後退」している。パート等短時間労働者が厚生年金に加入する企業規模要件の緩和時期や、厚生年金保険料の積立金を基礎年金の底上げに振り分ける案等、世論の影響を気に掛ける少数与党の反発の影響で、何れも先送りされた。政府は開会中の通常国会で関連法案の成立を目指し、妥協に妥協を重ねた形だ。

河野太郎元デジタル担当大臣が吠える

 「厚生年金の積立金の流用は世間から認められる事は無い! そろそろ公的年金制度を抜本的に見直す必要が有る」

 1月下旬の自民党年金委員会で、河野太郎元デジタル担当大臣がこう吠えた。厚労省は基礎年金の給付水準を3割上げる為、厚生年金保険料の積立金を振り分ける新たな仕組みの導入を検討しているが、河野氏が「流用」と批判したのはこの案を指す。

 少子高齢化の影響で物価や賃金の変動に合わせて給付を減らす「マクロ経済スライド」は基礎年金で2057年度まで続くが、厚生年金は26年度に終了する。この為、比較的財政が安定している厚生年金の積立金を振り分ける事で、基礎年金の給付がカットされる期間を前倒ししようというのがこの案の狙いどころだ。只、厚生年金と基礎年金のマクロ経済スライドを終える時期を36年度に揃える為、マクロ経済スライドが続く厚生年金の受給者は損する様に映る。河野氏はこの点等を捉えて批判しているのだ。厚労省側の言い分としては、公的年金制度は基礎年金と厚生年金の2階建てなので、基礎年金の給付水準が上がれば、厚生年金を受け取る人にも恩恵が有ると説く。

 この案が実現すれば、今後100年で厚生年金から基礎年金に充てられる積立金は53兆円に上るという。只、この内、基礎年金に充てられるのは5兆円で、厚労省は「自営業者やフリーランスだけではなく、従業員50人以下の企業や週20時間未満の厚生年金に入れない人への給付の底上げに充てる」と強弁する。この説明に対し、大手紙記者は「お金に色は付いていないので、そんな説明を言われても……」と苦笑する。

厚生年金保険料の積立金の振り分けは「棚上げ」

 この仕組み自体は法案に盛り込まれる見通しだが、厚労省の懸命な説明虚しく、「流用」批判や追加財源の必要性等から、自民党内ですんなり受け入れられず、実施の判断は29年の財政検証結果を見てからとなった。事実上の「棚上げ」状態だ。

 河野氏以外にも、石破茂首相の最側近、赤沢亮正経済再生担当大臣は「成長型経済が続けば給付水準も上がる為、こうした案は必要無い」等との考えで、成長型経済が実現するかは別として、「棚上げ」には赤沢氏の意向も大きく影響した。田村憲久元厚労大臣ら財源振り分け案に理解を示していた所謂厚労族議員らは、さぞ悔しい思いだっただろう。

 そもそも財源振り分け案は基礎年金の給付水準を底上げする関係で、57年度には2・5兆円程度の追加財源が必要になる。直ぐ様財源が必要になる訳ではないことから、厚労省や財務省の一部には、将来的な消費増税に繋げようとする考えも有る。只、こうした方針を直ぐに示す予定は無く、現段階では「将来的に財源を確保する」との表現程度に留める方向だ。

 ある閣僚は「12年に与野党で合意した社会保障と税の一体改革の様な形をもう一度考えている様だが、消費増税なんて考えは自民党政権では今後も無いだろう」とクギを刺す。庶民の懐具合を示す実質賃金のマイナスは続いており、経済情勢的にも厳しい。

修正を余儀無くされているのは、これだけではない。厚生年金の適用拡大に向け、企業規模要件の撤廃を決めたが、施行時期は当初の29年10月から35年10月に大幅に後ろ倒しされた。しかも、撤廃に向けた刻み方が前例を見ない。

企業規模案件の撤廃施行時期が後ろ倒しに

厚生年金の加入には、従業員51人以上の企業を対象とする企業規模要件等複数の要件が有る。これを先ず36人以上とするのが27年10月、そこから29年10月に21人以上に下げ、32年10月に更に11人以上とする。そして、最終的に35年10月に撤廃する考えだ。5人以上の個人事業所については、現行では建設や製造業等17業種が適用対象となっているが、29年10月からは除外されている農業や宿泊、飲食、理美容等にも適用を拡大する。但し、適用するのは新規開業のみで、既存の事業所は暫く任意で加入を促す形とする。これには身内である厚労省年金局の職員ですら「あれ程刻むとは思わなかった」との声が漏れる。

 ここ迄後退したのは、中小零細企業の反発が有った為だ。従業員を厚生年金に加入させるとなれば、厚生年金保険料を負担しなければならない。経営基盤の弱い中小零細企業にとっては「かなりの負担になる」(或る事業主)。中小企業等を支持基盤に持つ自民党からも突き上げられ、「ずるずると後退した印象だ」(大手紙記者)との声も漏れる。

 企業規模要件の撤廃による適用拡大が35年10月まで掛かる為、次回以降の改革でその他の適用拡大策が進まないのではないかとの懸念が有る。今後の焦点は、週20時間以上の就労要件を雇用保険に習って週10時間以上に引き下げるかだ。厚労省の元幹部は「ここ迄後退したら、少なからず次回以降の議論に影響を与えるのではないか。適用拡大の議論が中々進まなくなるかも知れない」と心配する。

ネットで炎上気味になると厚労省が弱気に

 インターネットの反応に過敏になり過ぎて後退した施策も有る。厚労省は、賞与を除いた年収798万円以上の会社員等の厚生年金保険料を引き上げる方針だ。具体的には、27年9月に保険料の算定基準となる標準報酬月額の上限を現在の65万円から75万円に引き上げたい考えだった。しかし、「月額で最大約9000円の保険料が増える」と報道されると、インターネットでは「払う側はもう限界。貰っている方を減らすべき」 「このままでは国民がATMではなく奴隷になる日が近い」 「若者がいじめられ過ぎでは」等と反発する声が多数を占めた。「今迄の安い方がおかしい。公平になるだけで、そんなに当てはまる人も多くない」と冷静な見方を示す意見も有ったが、この手の意見は少数派だ。

 ネットでやや炎上気味になった為、厚労省は一転して段階的に引き上げる方針を示した。一気に75万円に引き上げるのではなく、68万円、71万円、75万円と、3段階での実施を検討し始めた。厚労省年金局の職員は「納める保険料が増えれば老後に受け取る年金額も増えるのだが、インターネットで様々な反応が有ったので後退は仕方無い。兎にも角にも法案を通さなければ」と前のめりの姿勢を示す。

 与党や業界団体、世論等あらゆる方面から不満や異論を差し挟まれ、当初の案から大きく中身が後退ばかりを余儀無くされる公的年金制度改革案。思い返せば、国民年金の納付期間を60歳未満迄の40年間から65歳未満迄の45年間に延ばす改革案もインターネットで大炎上し、昨年7月に当時の橋本泰宏年金局長が断念を表明した事が有った。国民年金の給付水準を底上げする本命案だっただけに、関係者からは「あのタイミングで断念したのは残念だった」との声が相次いで漏れたのは記憶に新しい。今夏の参院選を控える中、通常国会で成立まで漕ぎ着けられるか。

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