今夏の参院選・東京都議選で無党派の反乱は起きるか
今年は25歳以上の男性に普通選挙権が認められた1925年(大正14年)から100年に当たる。女性にも選挙権が広げられるのは、第二次世界大戦に敗れて米軍の占領下に置かれる45年まで待たなければならなかったが、男性に限られていたとは言え、一般大衆が国民の代表を選ぶ普通選挙の実現は、日本にも本格的な政党政治の到来を告げたかに思われた。しかし、その後の日本の政党政治は、経済・外交が行き詰まる中で政争を繰り返して国民の信を失い、軍部の独走を許す形で自壊。日本は国家滅亡の坂を転がり落ちて行った。
戦前・戦中の「試験」は不合格
初の男子普通選挙として実施された28年の第16回衆院選の投票率は80%に達した。後に首相となって凶弾に倒れる浜口雄幸立憲民政党総裁は初の普通選挙の前年に行った演説で、政党政治は「極めて大切な試験の時機」に在るとし、「政党内閣が政策の機宜を失すれば議会政治の信用は地に落ち、国民の失望を招く結果、如何なる事態が発生するかも測り難い。政党政治家の責任は誠に重大」と警鐘を鳴らした。戦前・戦中の「試験」に不合格となり、国家・国民を死地に追いやった日本の政党政治が100年の月日を経て再び試練の時を迎えている。
昨年実施された第50回衆院選の投票率は53・85%だった。12年に旧民主党から政権を奪還した自民・公明両党の連立政権下、衆院選の投票率は21年を除いて50%台前半で推移して来た。有権者の2人に1人しか投票しない中、組織力で勝る自公が投票の2分の1を獲得する勝利の方程式が確立され、有権者の4分の1の投票によって築かれたのが安倍晋三首相の率いた長期政権だった。しかし、昨年の衆院選も50%台前半の低投票率だったにも拘わらず自公は過半数を割り込み、勝利の方程式が崩れた。旧民主党の流れを汲む立憲民主党と国民民主党が躍進した選挙結果は、政権スキャンダルを繰り返して来た与党に対する批判票の受け皿に野党がなったという点で政党政治が機能したとは言える。
一方で、相変わらず有権者の半数近くが投票を棄権した事実は、国民意識に沈殿した政治不信、政党不信の底深さを示していた。それが新たな形となって現れたのが昨年7月の東京都知事選と11月の兵庫県知事選だ。両知事選の投票率は、東京で前回の55・00%から60・62%に、兵庫では41・10%から55・65%に上昇した。投票所に足を運んだ無党派層の支持を集めたのが、東京では小池百合子氏に次ぐ2位に入った石丸伸二前広島県安芸高田市長、兵庫ではパワハラ問題で県議会から全会一致の不信任決議を突き付けられて知事を辞職しながら再選を果たした斎藤元彦氏だった。石丸、斎藤両氏に共通するのは、政党の支援を受けず、SNS中心の選挙運動で多くの有権者の心を摑んだ点だ。
石丸氏は今夏に行われる東京都議選に新党を立ち上げて挑む構えを見せており、既存政党側は戦々恐々だ。もし仮に東京都議選で石丸新党ブームが巻き起これば、今年7月に予定される参院選にも影響し兼ねない。
17年7月の東京都議選では小池知事率いる地域政党「都民ファーストの会」が第1党に躍進し、小池氏はその勢いを駆って国政政党「希望の党」結成に動いたが、同年10月の衆院選では勢力を伸ばせず、希望の党は分裂・解党の道を辿る。都民ファーストの会は21年の前回都議選で自民党に第1党の座を譲ったものの第2党に留まっており、今年の都議選では石丸新党と競合する展開になるのだろうか。小池知事自身は昨年の都知事選で自公両党の支援を受ける等、既存政党側に立ち位置を移しており、都民ファーストの会に代わって石丸新党が政党不信の受け皿になるのかが注目される。
「大政翼賛会」か、「中道勢力の結集」か
「投票に行こう」の建前とは裏腹に、嘗て森喜朗首相(00年当時)が口走った「(無党派層は投票に行かずに)関心が無いと言って寝てしまってくれればいい」というのが不人気政権の本音だろう。スキャンダルを繰り返した安倍政権下の様に政治不信が低投票率に繋がれば権力側に好都合だが、政党不信を抱えた無党派層が反乱を起こした時、東京都知事選の「石丸現象」や兵庫県知事選の「斎藤ショック」が既存政党の前に立ちはだかる。
昨年の衆院選で与党が過半数割れした事から、7月の参院選に向けては、自公連立に国民民主党や日本維新の会が参加するか、自公と立憲民主党が大連立を組むのではないか等の合従連衡が取り沙汰されている。もし、こうした動きが国家・国民の利益より党利党略を優先したと受け取られ様ものなら、既存政党全体が有権者から見放される危険を孕む。
石破茂首相は元日に放送されたラジオ番組(12月収録)で、立憲民主党との大連立について「選択肢としては有るんでしょう。只、それが大政翼賛会であってはいかんって事だと思いますね」と語っている。戦前・戦中の日本では普通選挙法の制定から15年後の40年に「大政翼賛会」が結成され、全ての既存政党が戦時の翼賛体制に自ら進んで組み込まれて行った。政党政治の自滅と軍部の独走による亡国の歴史が我が国には刻まれている。
その一方で、世界を見渡せば、欧州諸国に於ける極右政党の躍進、トランプ米大統領の返り咲きに象徴される自国第一主義の台頭、中国・ロシア等の権威主義国家による軍事拡張主義が、民主主義を基調とする戦後国際秩序を揺るがしている。
我が国に於いても、昨年の衆院選で右派ポピュリズム政党(参政党、日本保守党)や左派ポピュリズム政党(れいわ新選組)が勢力を伸ばした事から、健全な民主主義を守る為に中道勢力が結集する力学も働く可能性が有る。
石破政権が少数与党として臨む今年の通常国会。野党と熟議を重ねる中で政策を前に進める事が出来れば、既存政党への信頼が高まり、その先に連立の組み替えや大連立も視野に入って来るかも知れない。
日本の政治課題は、国民民主党が与党に突き付けた「103万円の壁」や、日本維新の会が主張する「所得制限の無い高校授業料無償化」だけではない。今夏の参院選・東京都議選を前に、例えば〈自民党裏金事件の真相究明と企業・団体献金の規制強化〉〈議論が停滞して久しい選択的夫婦別姓制度の導入〉〈女性宮家の創設等、天皇制の将来を見据えた皇室制度改革〉で成果を挙げられるか。
平成以降の「失われた30年」から抜け出す道筋を既存政党が示せなければ、日本の政党政治は20世紀前半と同様、再び自滅と亡国の歴史を21世紀に刻む事になり兼ねない。
外交面でも「対トランプ」で試練
石破政権にとって今年は外交面でも試練の年となりそうだ。最大の外交課題は、「アメリカ・ファースト」のトランプ政権を民主主義陣営の結束に繋ぎ止め、権威主義国家の軍事拡張主義を抑止する外交を展開出来るか、である。日米韓の協力強化に積極的だった韓国の尹錫悦政権が昨年末の戒厳令によって自壊し、中国・北朝鮮に親和的な左派政権の誕生が確実視される中の12月末、岩屋毅外相が米国ではなく中国を訪問した事が波紋を広げた。それを受けて日中韓の政府間では、今年2月に日本で日中韓外相会談、年内に日中韓首脳会談を開く方向で調整していると言う。その一方、トランプ大統領就任前の1月訪米を打診されながら石破首相がこれを見送った事から、日米外交筋の間では石破政権の「親中」姿勢を懸念する声も上がっている。
安全保障政策に詳しい事で知られる石破首相だが、日米同盟の実効性に懐疑的な立場から多国間の安全保障機構「アジア版NATO」の創設を唱えて来た点で、米側から危険人物視されて来た経緯が有る。「対トランプ」外交が今年の鬼門か。
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