千年の歴史と願いが安らぎを生む
256 東大寺福祉療育病院(奈良県奈良市)
奈良の大仏で知られる東大寺は「生きとし生ける全てものが栄える様に」と願った聖武天皇の詔(みことのり)によって建立された。その東大寺の境内の一角に、心身に障害を持つ大人や子供を対象とした医療を担う、社会福祉法人東大寺福祉事業団東大寺福祉療育病院が在る。病院の前身である肢体不自由児施設「東大寺整肢園」は、聖武天皇1200年御遠忌に当たる1955年に開設された。信心深い聖武天皇とその妃・光明皇后が、東大寺の建立に加え施薬院や悲田院を作り病人や困窮者を救った願いを形にしたものだ。
その後、2008年4月に現在の病院名に改称、5月には重い肢体不自由と重度の知的障害を併せ持つ小児や成人を入所対象とした「東大寺光明園」を開設した。安全かつ適切な医療・リハビリテーション・看護・療育支援を実践する為に養護学校も併設し、教育や余暇活動にも力を入れ、利用者の生活の質が豊かなものになる様取り組んでいる。
病院や施設の在る東大寺には国宝の建造物が9棟有り、東大寺を含めた周辺の建物や遺跡は世界遺産にも登録された。文字通りアートに囲まれた病院と言ってもいいだろう。境内の大仏殿や二月堂、法華堂といった長い信仰の歴史を持つ建造物には、人々の不安や悩みを和らげる力が有る。院内にも、籔内佐斗司作のブロンズ像「上向き童子 天坊」や篠原勝之作のオブジェ「虹しるべ」「風しるべ」、荒川明照作の壁面オブジェ「かたっむりとかえる」等、著名な芸術家の作品が飾られ、病院を訪れた人達の目を楽しませている。
又、療育病院として、患者とその家族が住み慣れた地域社会との繋がりを深められる様な取り組みも進めている。例えば、地元の小学生や学生を招いた交流イベントや、地域のアーティストと共同で作品を制作するプロジェクト等、様々な活動が展開されている。法人である東大寺福祉事業団が主催する作品展も年1回開かれ、病院に通院する患者らが作った作品を多くの人に見て貰う機会を得ている。展示される作品の中には、東大寺の僧侶らによる書画や陶芸、写真といったものもあり、一部は販売もされている。毎年多くの愛好家が訪れる人気のイベントで、作品の収益金は患者らの生活環境を向上させる為に使われるという。
他にも、在宅医療を受けている難病の子供やその家族が、東大寺の境内で安心して宿泊等を行える「奈良親子レスパイトハウス」の活動も支援しており、理念である「地域社会全体と共に歩む病院」を実践している。
病院は現在、施設の更なる拡充を目指して、新築移転を計画中だ。建築に当たっては、地域柄、瓦葺き屋根や高さ制限といった制約が有るものの、それが東大寺の景観と調和した落ち着いた医療環境の創出にも繋がっている為、十分に考慮して行く。そして新病院では、重度障害を持つ子供と家族をサービスの受益者に留まらず、新たな価値を発信する存在とする事を目指す。国家の安泰と民衆の幸福を願う思いは千年の時を超え、今も息づいている。
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