負担増で国民の反発を買えば、石破降ろしの可能性も
少数与党・石破茂政権にはこの先、社会保障改革という壁が待ち構える。政府内から「子育て政策を除けば社会保障には関心が薄い」との声も漏れる首相だけに、従来の自民・公明党政権の方針を踏襲すると見られている。但し、改革の具体策を巡っては岸田文雄政権が先送りした負担増が目白押し。政権基盤が脆い石破首相には「何も出来ないまま終わる」(自民党厚労族)との悲観論すら囁かれている。
11月8日、首相官邸で石破政権発足後初の「全世代型社会保障構築本部」が開かれた。席上、首相は2023年の岸田政権下で決定された社会保障費の歳出改革の工程表に触れた上で「実現出来るものから着実に実施し、人口減少の時代に合った全世代が活躍出来る社会保障への転換に向けて検討を深めて欲しい」と述べ、関係閣僚に歳出改革の具体策の検討を指示した。歳出改革の工程表は23年12月に閣議決定された。24年度の他、28年度迄に検討する取り組み、40年頃を見据えた中長期的取り組みと時間軸を3つに分け、「医療・介護制度等の改革」等「3つの改革の柱」を掲げている。
この日は28年度迄に総額3・6兆円程度を投じる異次元の少子化対策「こども未来戦略」も併せて閣議決定された。児童手当の所得制限撤廃と拡充等が柱で、3・6兆円は▽既定予算の最大限活用等(1・5兆円)▽歳出改革による公費削減(1・1兆円)▽新設の子ども子育て支援金(1兆円)で捻出する。主要な財源の1つとして、工程表に記した「28年度迄に検討する歳出改革」を当てにしている。
この28年度迄に検討するという歳出改革案には、医療、介護保険の負担を決める基準として金融所得を勘案する案等に加え、高齢者の医療保険や介護保険の自己負担割合を3割とする所得基準を引き下げる案等が並ぶ。全世代型社会保障改革を担当する赤澤経済再生担当相は歳出に占める社会保障経費の割合が高いと指摘。「現役世代の負担を少しでも軽くし、支え手を増やす努力が重要だ」と述べ、世代を問わず資産の有る高齢者には負担を求めて行く事を示唆している。
国民所得に占める社会保障の負担割合は、00年度は13%だった。それが23年度は18・6%迄上昇し、これに税も加えた国民負担率は46・1%に達する。22年度の国民医療費は46・7兆円と過去最多を更新し、この内、後期高齢者の75歳以上分は18・2兆円と4割を占める。
総裁選で掲げた「医療費の適正化」は叶うか
少子高齢化が進む中、社会保障改革と言えば社会保険料の引き上げと給付カット、そして増税等からの選択となる。自民党総裁選で首相は「医療費の適正化」を掲げはした。厚労省は工程表に記された「医療の自己負担限度額の引き上げ」に従い、自己負担に上限を設けている高額療養費の上限額を引き上げる検討を進めているものの、兆円単位の財源を生み出すには複数項目の改革を組み合わせる必要が有り、容易ではないのが現状だ。
自公が多数を占めていた岸田政権下ですら、介護保険の自己負担が2割になる人を増やそうとしながら与党内の反発を受けて頓挫した。負担増に強く反対している野党が多数派を形成する今、医療や介護の自己負担を増やすのを実現に導く道筋は見えない。
少数与党の石破政権は、キャスティングボードを握った国民民主党に配慮し、所得税の「年収103万円の壁」問題で妥協を余儀なくされた。同党は先の衆院選で「手取りの増加」を掲げ、社会保険料の引き下げを強く求めた。その1つが、現役世代が負担する後期高齢者医療への拠出金を税財源に切り替え、健康保険料を2割下げるというものだ。
ところが、こども未来戦略の財源の1つは、新たに医療保険料に上乗せして1兆円を徴収する「子ども・子育て支援金」だ。支援金に関し、岸田政権は「実質的な追加負担は生じさせない」と説明していた。社会保障の歳出改革や賃上げを進める事で保険料の負担は軽減され、支援金はその軽減された範囲内で賄う為、差し引きすれば「負担ゼロ」との理屈だった。だが、既にその説明は破綻している。
関係者の賃金アップが課題だった24年度の診療報酬、介護報酬改定ではそれぞれ報酬の引き上げを決め、保険料はその分増えている。それにも拘らず、財務、厚労両省は賃上げによって増える保険料については負担増と見做さないと腹合わせをしたからだ。厚労相経験者は「歳出改革で医療保険料を据え置く道はもう無い。それなのに少数与党では歳出改革もままならない。石破政権は達成へのナローパス(狭き道)の中で迷子になるのではないか」と懸念する。
年金改革に関する厚労省案は出揃ったが
厚労相の諮問機関、社会保障審議会年金部会では25年の年金改革に関する厚労省案が出揃った。主要な案は①厚生年金の適用拡大②基礎年金の底上げ③一定の収入が有る人の厚生年金を減らす「在職老齢年金」の見直し④高所得層の厚生年金保険料の引き上げ︱だ。
現在は従業員51人以上の企業で週20時間以上働き、年収が106万円を超すと厚生年金・健康保険に加入して保険料を負担する。①ではその企業規模と賃金の要件撤廃等に乗り出す方針だ。これは106万円を超えない様、働き方を調整する人を多く生み、働き手不足を招いている「年収106万円の壁」の撤廃にも繋がる。只、厚労省の試算では新たに200万人に保険料負担が生じるという。政府は新規加入者の手取りが減らない様、労使折半の保険料を企業側が多く負担出来る様にする特例を検討しているが、中小企業の間では「対応出来ない」との不満も出ている。
②は比較的余裕の有る厚生年金の積立金を活用し、基礎年金の水準を現行制度の見通しに比べて3割底上げする案だ。しかし、基礎年金の半分は国の税金で賄っている。給付水準が上がる分、所要税財源も増え、40年度には5000億円、70年度には2兆6000億円が必要になる。厚労省幹部は「現実論として財源は消費税の引き上げしかない」と話す。
また③により、働く高齢者の年金は増える。①と共に、働き手不足を解消する効果を狙っている。が、その反面若い世代の年金給付水準は下がって仕舞うジレンマを抱える。④は文字通りお金持ちの保険料をアップするものだ。
②の基礎年金の底上げにはそもそも財務省が慎重な姿勢を示している。年明けからは通常国会への提出に向けた法案化作業が本格化するが、法案化には政府内の調整が不可欠となる。他の案についても、野党や中小企業等を説得しなければならない。従来、政府・与党は年金改革の際、往々にして強行採決によって国会を乗り切って来た。もうその手は使えない。それだけに厚労省内からは「年金での与野党協調は中々想定し難い」との声も聞こえて来る。
社会保障の重い負担は現役世代を疲弊させ、消費を落ち込ませている。又、国家財政を圧迫し、経済成長に繋がる様々な政策の足枷ともなっている。それでも与野党から歳出圧力が強まる中、石破政権も又、目先の負担増を避ける為に国債発行で凌ぎ、将来世代にツケを押し付ける可能性は否定出来ない。
政官界では、石破首相を「リアリスト」と見る向きが多い。首相に選出された際は直後の衆院選と25年夏の参院選を終える迄は持論を曲げて選挙対策に専心し、衆・参両院の選挙で勝った後に自身が望む政策に踏み込むのでは、との見方が有った。社会保障改革に関しては、自民党の元幹部の1人は「『次世代に負担を残さない』という信念の下、歳出改革に乗り出すのではないか」と見ていた。
それが否定していた早期の衆院解散に踏み切った揚げ句、裏金問題の影響により衆院選で惨敗、少数与党へと転落し、いきなり躓いてしまった。この自民党の元幹部は、首相が自民党総裁選時に「世代を問わない応能負担」を唱えていた事を振り返りつつ、石破政権の見通しについて口にした。
「負担増が出来ないなら社会保障改革は行き詰まる。仮に負担増に踏み切り、国民の猛反発を受けたら与党内で参院選前の石破降ろしに遭い兼ねない。進むも地獄、退くも地獄、だな」
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