日本医師会は医療機関の経営安定化と物価高騰に見合った賃上げを急務とし、政府に対し財源の確保を要望して来た。様々な議論が交わされている医師偏在対策に於いても、1000億円規模の基金の創設を要望。石破新政権による初の補正予算の行方が注目される。2024年6月22日に行われた日本医師会の会長選で再選を果たし、2期目となる松本吉郎21代日本医師会会長に、現在の医療界が抱える課題とその対策について話を伺った。
——圧倒的支持により再選を果たしました。会長就任以降、注力された事をお聞かせ下さい。
松本 会長に就任してから最初の2年間、47都道府県のほぼ全てを訪問し、現場の声を聞いて地域医師会との連携を深めて来ました。その後も都道府県医師会長とは緊密に連絡を取り合い、役員・代議員向けの情報発信メールも創設しました。令和6年能登半島地震では会員の協力の下、日本医師会災害医療チーム(JMAT)を派遣しました。組織力強化の一環として会費減免期間を医学部卒後5年目迄に延長し、2024年7月末に会員数が初めて17万7000名を突破しました。会員手続きの簡素化を図る為、新たな医師会会員情報システム「MAMIS(マミス)」を構築し、10月30日に公開しました。更に、各地の医師会の活動を国民に周知する為に立ち上げた「地域に根ざした医師会活動プロジェクト」では、これ迄に3回のシンポジウムを開催して来ました。
——25年に、特に注力する取り組みは?
松本 喫緊の課題としては、医療機関の経営の安定化です。多くの医療機関が新型コロナウイルス感染症に対する補助金の廃止や急激な人件費の増加、食材料費の高騰等により経営状況が厳しく、地域医療は崩壊し兼ねない状態です。公定価格により運営している医療機関・介護事業所等は価格に転嫁する事が出来ない為、補助金や診療報酬の見直し等の対応が必要です。24年度の診療報酬改定では医療従事者の賃上げの必要性を粘り強く主張した事も有り、0.88%のプラス改定となりました。更に、2.5%の賃上げを目標として「ベースアップ評価料」が創設されたものの、昨今の物価高騰等を考慮すると決して十分とは言えません。24年春闘の平均賃上げ率は定昇込みで5.10%、ベースアップ分だけでも3.56%です。他産業と比べて2.6%もの差が生じているのが実情です。このままでは人手不足に拍車が掛かり、国民に必要な医療を提供出来なくなる恐れも有ります。本会では、賃上げと物価高騰等への対応の為の財源確保を政府に要望すると共に、ベースアップ評価料の届出を出来る限り簡略化した上で、算定を多くの医療機関に実施して貰う様、呼び掛けているところです。
地域の実情に根差した医師偏在対策を求める
——医師偏在に対する取り組み状況をお教え下さい。
松本 日本医師会としては、例えば毎年の国への予算要望の中で、都道府県医師会・都道府県行政・大学等が一体となって臨床研修修了後や地域枠義務年限終了後も地域に留まって貰う為の取り組みへの支援や、医業承継、地域での役割分担と連携といった医師偏在対策も求めて来ました。国に於いては、厚生労働省より24年8月30日に「近未来健康活躍社会戦略」が公表され、年末には「医師偏在是正に向けた総合的な対策パッケージ」が取り纏められる事になっています。本会では、パッケージの策定からその後の制度改革の実施に向けて継続的に協議を行って行くつもりです。
——どの様な対策が有効でしょうか。
松本 医師の偏在問題には、1つの手段で解決する様な魔法の杖は存在しません。日本医師会は24年8月21日に定例記者会見を開催し、医師偏在に対する見解を示しています。その中で、国レベルでの具体的な方策として6点の取り組みを進めるべきだと提言しました。1点目は、医師少数区域で新たに診療所を開設する医師に対して、開設から一定期間の資金支援策を創設すると共に、医師少数区域で働く医師(勤務医・開業医)の確保・派遣を強化する事です。開業当初は当然ながら暫くは基幹病院等の支援が必要になりますし、地方では診療所医師の高齢化によって承継問題も生じていますので、そういった面での支援も含まれます。2点目は、医師不足地域での勤務を希望する医師に対し、リカレント研修や現場体験を行いつつ、医師少数区域での勤務を全国的にマッチングする仕組みを創設する事。3点目は、保険医療機関の管理者要件に卒後一定期間の保険診療実績を加える事。4点目は、現行の地域に必要とされる医療機能を担う事への要請の枠組みを制度化し、地域で足りない医療機能を強化し、実績をフォローアップする仕組みを導入する事。5点目は、現在、20年度に臨床研修を開始した医師から適用されている医師少数区域等に於ける勤務経験を求める管理者要件の対象病院を、現行の地域医療支援病院から、今後医師免許を取得する医師のキャリア形成等に十分に配慮した上で、公的・公立病院にも拡大する事。最後の6点目は、以上の対策を5年から10年で推進する為の1000億円規模の基金を国に於いて創設する事です。こうした施策を複合的に進めて行く必要が有ると考えています。
——新たな地域医療構想に於いても、医師の偏在是正を含めた検討が行われています。
松本 新たな地域医療構想等に関する検討会では、規制的手法や経済的インセンティブについての議論が行われ、本会の江澤和彦常任理事が構成員の1人として意見を述べています。中でも、医師偏在指標等に基づく規制的手法に対しては、画一的なデータのみではなく、各地域の実情を考慮し、都道府県や市町村の行政、住民、地域医師会等と協議する必要性を主張しています。医師多数区域とされる地域であっても、そこには様々な事情が有り、その中にも医師少数の地域が在り、その逆も在るでしょう。一種の法的規制を強めた施策で大鉈を振るえば、ハレーションを来し地域医療が崩壊し兼ねません。又、若い世代のみに負担を強いるのではなく、全ての世代の医師で偏在解消に向けて対応して行く事が必要です。将来の医療を担う若手医師の声を傾聴して行く姿勢も大切だと思います。
——外来医師多数区域での開業を制限するという意見が上がっています。
松本 これに関しては、憲法上の「職業選択の自由」や「営業の自由」を侵害する恐れが有りますので、法整備が必要となるでしょう。しかし、我々は自由開業の否定となる様な行き過ぎた規制には反対をしています。特に、開業規制を強めると必ず駆け込み開業が起き、或る外来医師多数区域において、制度の施行直前に勤務医が一斉に開業するという事態にもなり兼ねません。これは病院にとっても好ましくない事であり、一定の期間開業が制限された事で世代交代が出来なくなったり、30年経った時に同じ様な年代の医師が集中してしまったりといった弊害も起きるのではないかと懸念しています。
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