「野田立憲」が狙うのは来夏参院選後の大連立
「選挙の顔」として自民党が担ぎ上げた石破茂首相は与党を勝利に導く事が出来ず、衆院の半数に届かない議席で構成される少数与党政権を率いる事となった。与党だけでは予算案も法案も通らず、野党が纏まって対抗すれば、何時でも内閣不信任決議案を可決出来る状況となって、一躍脚光を浴びているのが4倍の28議席に躍進した国民民主党だ。自民、公明両党が国民民主を与党に取り込めば日本の政治は安定するのだろうか。
国民民主党の玉木雄一郎代表は「自公国」連立の可能性を否定している。小政党が連立政権入りしたらどうなるかは、公明党が立証済みだ。
与党過半数割れでも有り得ない「野党連立」
閣僚ポストを確保し、自らの政策の一部を実現出来る一方、政権として失策が有ればその責任を共有し、今回の衆院選の様に自民党の裏金事件の煽りを受けて有権者から鉄槌を下される事も覚悟しなければならない。来年夏には参院選を控え、与党入りのリスクを冒すよりは、「年収103万円の壁」等の課題を与党に突き付け、政策を前に進めた実績を掲げて参院選に臨む方が良い。玉木氏が政策毎のパーシャル(部分)連合を選択した理由は分かり易い。
衆院選で50議席増の148議席に躍進した立憲民主党の野田佳彦代表が見据えるのも参院選だ。野田氏が9月の同党代表選に名乗りを上げた時点では、岸田文雄前首相の後任には小泉進次郎元環境相が有力視されていた。〈①9月の自民党総裁選後、「小泉首相」が総裁選勝利の勢いを駆って衆院解散・総選挙に踏み切る。②裏金問題への批判で与党は議席を減らすが、衆院過半数を割っても、政策の近い国民民主党か日本維新の会を取り込んで政権を維持する。③「小泉首相」の掲げる改革路線は何れ行き詰まる。④来夏の参院選でも野党が攻勢を掛け、与党過半数割れに追い込む〉 ——。野田氏とその周辺が描いていたこのシナリオは、「小泉首相」が石破首相に変わった他は②の段階まで想定通りに進んでいる。
野田氏周辺は9月の自民党総裁選、立憲民主党代表選の結果が出る前の段階で「野田さんが見据えているのは参院選後の大連立だ」と語っていた。「大連立」とは、議会の大多数を占める2大政党が連立政権を組む事だ。ではなぜ大連立なのか。
野田氏は旧民主党政権の第3代首相を務めた当時、参院で与党が過半数の議席を持たない「ねじれ国会」の苦境に置かれた中、「社会保障と税の一体改革」として消費税の段階的な引き上げに道筋を付ける事で当時野党だった自民・公明との3党合意に漕ぎ着けた。旧民主党はその後の衆院選で大敗して下野。野田政権は1年3カ月の短命に終わったが、国民に不人気であっても必要と信じる大きな政策を前に進めた自負が野田氏の政治信念の根幹に有る。この時の民主党と自民党は大連立には至らなかったが、国民の間に政治不信が広がった危機的状況に在る今こそ、2大政党が恩讐を超えて日本の政治の再生に責任を果たす時だと野田氏は思い立った様だ。
野田氏は衆院選で「政権交代こそ、最大の政治改革」と訴えたが、衆院選後に一気に政権交代と本気で考えていた訳ではないだろう。自民党を上回る「比較第1党」に躍進する可能性に言及してはいたが、仮に自民党が200議席を大きく割り込み、立憲民主党が180議席程度まで伸ばしたとしても、維新、国民民主と合わせて衆院の過半数に届かなければ政権交代は難しい。共産党を加えた政権に維新、国民民主が参加する可能性は無い。「消費税廃止」等の極端なバラマキや、外国人排斥のナショナリズムを煽る様な主張を展開した左右のポピュリズム政党(急進左派=れいわ新選組、急進右派=参政党・日本保守党)を取り込む野党糾合の選択はそもそも有り得ない。いざ連立となれば、維新、国民民主が立憲民主より自公を相手に選ぶ事は織り込み済みだ。
「野田立憲」にとっては、来夏参院選で自公を過半数割れに追い込んでからが勝負。共産党やポピュリズム政党抜きで立憲民主党が政権を掴む最短の近道は、自民党内の中道保守と手を結ぶ事。そうなれば自ずと維新、国民民主も付いてくる。その障害となる自民党内右派は、旧安倍派を中心とした「裏金議員」の多くが衆院選で落選すれば影響力を削がれる。首相経験者の野田氏が「最後の戦い」と訴えて9月の立憲民主党代表選に立候補した背景には「リベラル色の強い枝野幸男元代表の再登板では大連立政局に対応出来ない。自民党の中道保守勢力と話が出来るのは自分しかいない」という算段が有った。
懸念すべきは石破氏本人の外交・安保政策
ここ迄記した連立の枠組み話は、永田町サイドの論理ばかりが先行し国民・有権者サイドの視点が抜け落ちていると言われればその通り。筆者がここで強調したいのは「ここから政策論争が始まる」という視点だ。これ迄は自公連立の枠組みを維持する事が何よりも優先されて来たが、自公過半数割れによって今後は何をするにしても野党の一部から協力を得なければならない。自民党はそのターゲットを国民民主党に定めた様だが、与党に協力するに当たって国民民主党側も問われる事になる。「年収103万円の壁」の引き上げを与党が飲めば政治改革はうやむやにするのか。
公明党にしても、自公連立を20年以上続けて尚、選択的夫婦別姓制度の導入を為し得ていない現状に責任を感じるなら、今こそ野党に協力を呼び掛けて自民党に実現を迫るべきだ。衆院選で公明党は、自民党が公認しなかった「裏金議員」に推薦を出して批判を浴びた。「裏金議員」支持者の比例票欲しさからだったと見られるが、それが政治改革に後ろ向きの印象を有権者に与える事に気付かない程「与党ボケ」していたと言われても仕方あるまい。そうした反省が公明党に有るなら、政策活動費の廃止等、野党と一致出来る課題で政治改革を主導する姿勢を示し、汚名の払拭を図る事をお勧めする。
衆院選の与党過半数割れを受け、マスメディアは「政治の混乱」や「政策の停滞」を懸念する見方を書き立て、連立の枠組みを巡る政局論評が世上を賑わせている。だが、自公で決めればそこで終わり、国会で何を議論しても政策は変わらないという従来の政治システムこそが国会審議を形骸化させ、ひいては政治不信を拡大させて来たのでは無いか。政策決定に野党が絡めば、政策論争が可視化される。立憲民主党の安住淳前国会対策委員長はSNSに「熟議の国会が一強政治よりも国民の声を反映したものになり、国会が充実したと言われる様にこれから努力をしたい」と書き込んだが、「熟議の国会」となるかどうかは安住氏の言う通り各党の努力次第だ。熟議無しに安易な合従連衡を謀れば、有権者はそれを国民不在の党利党略と見做すだろう。
熟議の主役となるのは無論、石破首相だ。如何にして野党との協議を取り仕切り、与党・公明党との調整を図り、自民党内を統率するのか。これ迄「党内野党」の立場で政権に物申して来た石破氏が、今度は党内外の異論を具体的政策に収斂させる政治リーダーとしての手腕を問われる事になる。
最も気掛かりなのが外交・安全保障政策だ。来年1月には米大統領に「アメリカファースト」のトランプ氏が返り咲く。東アジアの最前線で中国等の権威主義国家陣営と対峙する日本として、米国を民主主義国家陣営に繋ぎ止める役割が石破首相には求められる。「アジア版NATO(北大西洋条約機構)」の創設等という夢想を語っている時ではない。こうした石破氏の主張は「東アジア共同体」構想を唱えて日米関係を悪化させた旧民主党政権の鳩山由紀夫元首相を想起させる。その後の日米関係の立て直しに苦心した野田氏との外交論戦も注視したい。
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