移行を目前に、トラブル防止にピリピリする厚労省
マイナンバーカードが健康保険証として利用出来る「マイナ保険証」への移行に伴い、紙の健康保険証の新規発行が12月2日で終了する。自民党総裁選や衆院選でもマイナ保険証への移行が争点に浮上する等、話題に事欠かない。相変わらず利用率は低迷しているが、移行を目前に控えトラブルを如何に防ぐか、厚生労働省もピリピリし始めた。
マイナ保険証の利用率は8月で12・43%に留まっている。過去最高を記録しているが、オンライン資格確認の利用件数1億596万件の内マイナ保険証は2436万件に過ぎない。6月と比べても僅か2・53ポイントしか上がっていない。
こうした利用率を少しでも上げようと躍起になっているのが厚労省だ。今年4月頃から、共済組合を通じて本省職員向けにマイナ保険証を「啓発」するアンケートを実施している。
内容はこうだ。先ずマイナンバーカードを取得しているか、マイナポータルにアクセスして薬剤情報や特定健診の情報を見た事があるか、マイナ保険証の利用登録をしているか等、基本的な情報を尋ねている。
そして、少しずつ利用状況に踏み込んで行く。例えば、先月に医療機関を受診したか、受診の際にマイナ保険証を利用したか、マイナ保険証を利用して読み取り出来たにも拘らず現行の健康保険証の提示を求められたか、現行の健康保険証を利用した理由、次回受診時はマイナ保険証を利用する予定があるか、等だ。
更にプライベートに迄踏み込む様な内容も有る。マイナ保険証についてどのような印象を持つか、休日にマイナンバーカードを携帯しているか、今後も利用したいか、特徴やメリットを誰かに教えたいか、被扶養者にマイナ保険証の利用を勧めたか、被扶養者は利用しているか、武見敬三・厚労相や河野太郎・デジタル相(いずれも当時)の利用に関するメッセージを見たか、等にも及ぶ。
幸いと言うべきか、約9万人を対象としたアンケートは、性別や年代、所属を記入するものの、匿名での回答を求めている。とは言え、プライベートを侵害し兼ねない内容も有る為、省内からは「所属や年代等から個人を推定でき兼ねない。気持ち悪い」といった声が漏れる。
厚労省だけの利用率は、やや古いデータだが、今年3月で6・49%。国家公務員の平均は5・73%だった為、それを僅かに上回った。だが、10%にも届いていない為、「隗より始めよ」ではないが、職員に圧力を掛けているのは間違いない。ある中堅職員は「マイナ保険証を使えと無言のプレッシャーを感じる」とこぼす。このアンケートの実施を促したのは、前事務次官の大島一博氏とされている。
不信感や警戒心が根深いマイナンバーカード
各種調査を見ても、マイナ保険証は不人気施策と言える。主婦・主夫層の実情を探る「しゅふJOB総研」の420人が回答した調査によると、「マイナ保険証として利用している」と回答したのは19・8%。「利用していないが、今後利用したい」と答えた人は17・9%いるが、「利用しておらず、今後も利用しない」は23・8%に上った。健康保険証を廃止してマイナ保険証に移行するのに賛成しているのは僅か13・3%で、反対は45%。どちらとも言えないは41・7%だった。
寄せられたフリーコメントからは、マイナンバーカードへの根深い不信感や警戒心が窺われた。例えば、「カード1枚に情報が詰まり過ぎている為、出来れば持ち歩きたくない」(40代・パート)や「メリットが分からない」(40代・パート)、「活用範囲が広がり便利になると嬉しいが、セキュリティの面が心配になる」(40代・パート)、「国民1人1人に番号を付与し管理する様であまり気持ちの良いものではない」(50代・パート)、等だ。勿論、「1枚で色々使えると便利です」(60代・パート)という声も有るが、多数派ではない。
トラブル多発のマイナ保険証
マイナ保険証のトラブル事案を追及している「全国保険医団体連合会(保団連)」は9月19日に全国調査の結果を発表した。調査には、37都道府県の1万242医療機関が回答し、内7134医療機関がマイナ保険証やオンライン資格確認のトラブルが有ったと答え、実に約70%の医療機関に及んだ。トラブル内容を見てみると、漢字が読み取れずに「●が出る」が最も多く約67%。次いで、「カードリーダーの接続・認証エラー」が約52%、「資格情報が無効」が48%に上ったという。患者負担が窓口段階で10割請求した事例も9・4%有った。相次ぐトラブルに保団連は「国民皆保険を守る為に政府は一刻も早く紙の健康保険証を残す決断をすべきだ」と訴えている。
こうした声が裏打ちされる様に、9月27日投開票で石破氏が選出された自民党総裁選でも争点の1つに急浮上した。先ず口火を切ったのが、林芳正・官房長官だ。当時も官房長官の職に在りながら、「未だ国民の間に色んな不安が有る。不安を解消する為に、見直しを含めて適切に対処して行きたい」と述べたのだ。厚労省やデジタル庁の職員からすれば「今更どの口が言っているのか」という気分だろう。
石破氏も「期限が来ても納得しない人がいっぱいいれば、(現行保険証との)併用も選択肢として当然だ。廃止によって不利益を被る人がいない様に努めるのが政府の仕事だ」と言及する等、一時はマイナ保険証の移行時期が変更される勢いで議論が進みかけた。
福岡資麿・厚労相は10月2日の就任後初めての会見で、「12月2日に新規発行を停止する方針は堅持したい」と表明。「総裁選でも議論になった様に、様々な不安の声も寄せられている事は承知している。移行で不利益を感じる方がいない様対応を丁寧に講じて行きたい」等と付け加えた。石破首相は4日、国会で行った所信表明でマイナ保険証に言及せず、7日の衆院本会議の代表質問で「現行の健康保険証の新規発行終了につきましては、法に定められたスケジュールにより進めて行きます」と明言した。
野党も賛否分かれ、衆院選でも争点に
しかし、続く衆院選でもマイナ保険証の在り方は争点の1つとなった。立憲民主党は公約で「国民の不安払拭等一定の条件が整う迄は、現在の紙の健康保険証を存続します」と打ち出している。立憲民主党は昨年10月に「保険証廃止延期法案(保険証併用法案)」を衆院に提出しており、野党の中でも政府方針に反対する急先鋒と言える。10月7日の衆院本会議で吉田はるみ・議員は、健康保険証の廃止等、「多くの言行不一致が有る」と批判する等、衆院選へ向けてボルテージを上げた。れいわ新選組も反対方針を示している。
只、政府提出の健康保険証を廃止しマイナンバーカードと一体化する法案には、日本維新の会が賛成する等、野党も一枚岩ではない。この為、例え立憲民主党等が反対しても大きなうねりにはなりにくい状況だ。
医療DXを進める為にもマイナ保険証の着実な実施は必要不可欠だ。只、トラブルが相次いでいたり、無用な不安感だけが先行していたりする今の状況では、利用率が上がらないのも無理はない。政府には無用な不安を広げる事無く、払拭出来る様にマイナ保険証のメリットデメリットを真摯に説明して行く姿勢が求められる。
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